日本における長期雇用の慣行が段々と薄れ、若年層を中心とする転職増加などの雇用の流動性や職歴と仕事との関連性で雇用を決めるJOB型雇用の導入など、企業を巡る外部環境(労働市場、雇用情勢等)は、変化してきています。また、人手不足も重なり、企業は求める人材の確保が難しくなってきており、企業の持続的な成長のために必要な経営資源の一つである「人材」の確保は、大きなき経営課題のひとつと言っても過言ではないと思います。
最近の裁判例(内定取り消しの有効性を巡って)
審理経緯
今回の記事でに取り上げる裁判例は、中途採用の内定者が採用選考過程で虚偽の経歴を申告していた事実が判明したことを理由に会社(使用者)が行った採用内定の取消しが有効であると判断された裁判例です。少し、時間を遡りますが、地裁(東京地裁令和6年7 月18日労働判例1333号 63頁、以下「本判例」)にて判断され、高裁(東京高裁令和6年12月17日労働判例1333号58頁)でも支持されました。原告(内定取り消しを求め、訴えた方)は、最高裁に上告しましたが、今年5月に棄却(最高裁判所が上告(高裁の判決に対する不服申し立て)の理由がないと判断し、決定または判決で退ける処分)し、高裁までの判決(下級審判決)が確定したと日本経済新聞社が昨年の10月27日の朝刊で報じています。
事案の概要
訴訟に至るまでの経緯及び本判例の概要等については、既に、報道記事やインターネット等の各所で触れられているので、本記事では、要約だけを記載したいと思います。
被告は、コンサルティング業務を主たる事業とする株式会社です。原告は被告の中途採用募集に対し、履歴書および職務経歴書を提出したうえで、中途採用に応募しました。その後、面接を経て被告は原告を採用することを決定し、バックグランド調査(雇用前の精査な経歴調査)への全面的な協力及び当該バックグランドが問題なく完了すること等を条件に採用内定となりました。
しかし、その後のバックグランド調査において、被告の中途採用応募に至るまでの職務経歴について、平成23年4月に個人事業主として開業し、IT関係のソリューションサポート業務に空白期間なく稼働していたとした申告が虚偽で、実際には、直近 1 年間において、2社との雇用関係及び職歴の空白期間があることが判明しました。また、原告はこの2社との間で雇用関係の解消を巡って、紛争が生じていたことも判明しました。
以上のような経緯を経て、被告は原告の採用内定を取り消しました。
判旨のポイント
1 判断の枠組み(出発点となる基本的な考え方)
判断の枠組み(出発点となる基本的な考え方)は、従来の最高裁の判例(考え方)を堅持しているようです。採用内定が始期付解約権留保付き労働契約であるという前提で、内定取り消しは使用者による解約権の行使、すなわち、解雇に当たり、権利濫用法理(労働契約法第15条)に服することになり、そのため、採用内定取り消しが認められるのは、「採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるもの」に限られる(第日本印刷事件:最二小判昭和54年7月20日労判323号19頁、電電公社近畿電通局事件:最二小判昭和55年5月30日労判342号16頁)という考え方からスタートし、本判例では具体的事案に即し、当該採用内定の取り消しの違法性の有無を判断しています。
2 判旨のポイント
判旨のポイントは、大要、以下のとおりとされています。
前記の基本的枠組みを前提に、”本判例における解約権行使の適法性を検討する具体的要件事実として”(筆者追記)、採用内定取り消しが認められるには、「バックグラウンドチェックを含む経歴調査により、単に、履歴書等の書類に虚偽の事実を記載し或いは真実を秘匿した事実が判明したのみならず、その結果、労働力の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたすおそれがあるものとされたとき、又は、企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる場合に限り、解約権の行使として有効なもの」になるとしています。
これを踏まえ、本判例の原告の虚偽の申告は、その重要性について認識しながら虚偽の申告を行ったことについて「背信行為と言わざるを得ない」と認定、また、申告をしなかった前記2社との雇用関係及び職歴空白期間並びに当該2社との紛争事実は、その秘匿動機にもなった当該紛争事実について当該原告に帰責事由が原告にあったこと、そして、これを被告側から見ると採否の判断において従業員としての適格性に関わる重要な事項であったと認定しています。
以上のことから「原告の行為は、故意による経歴詐称というべきものであり、詐称の態様としても、上記動機の下に、なるべく秘匿の事実が発覚しないようにしていたと推認できるものであって、不正義である。」と評価しています。
結論として、当該評価を踏まえ、「原告が被告の運営に当たり円滑な相互信頼関係を維持できる性格を欠き、企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められるのであるから、本件内定取消しは、客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものといえる。」とし、本判例における内定取り消しを有効と判示しました。
採用内容取り消しを巡るこれまでの類似の裁判例
①ドリームエクスチェンジ事件(東京地判令和元年8月7日労経2405号13頁)
採用内定後に内定者の承諾を得て実施したバックグランド調査の結果を主たる理由として内定取り消しをした事案について内定通知前にバックグランド調査を実施していれば容易に判明していた事案により内定取り消しを行ったと評価されてもやむを得ないとして、内定取り消しを無効とした裁判例(マーカーは筆者が追記)。
②オプトエレクトロニクス事件(東京地判平成16年6月23日労判877号13頁)
中途採用内定取り消しの裁判例。採用内定を一旦留保し、調査、再面接後、再度、採用内定を行った経緯がある事案について、採用内定取り消しが適法になるためには、原告(内定が取り消された側)の能力等に問題があることについて、採用内定後新たな事実が見つかったこと等の事由が存在する必要があるとされ(マーカーは筆者が追記)、採用内定取り消しには客観的に合理的に認められた社会通念上相当として是認できる事由を認めるに足りる証拠が存在せず、採用内定取り消しは無効とされました。採用内定取り消し事由が生じた時期について、厳格な判断をしています。
採用内定取り消しについては、採用内定が出ることにより、採用内定者は、現実には就労していないものの、労働契約(始期付解約権留保付き労働契約)に拘束され、他に就職することができない地位に置かれていることなどから、その解約権の行使(採用内定取り消し)の適法性については、厳格に判断されているところ。
ただし、重大な経歴詐称があった場合には、採用内定取り消しが認められるものと考えられ、実務上、内定通知書等に採用の条件として明記されることが多いことは、本判例の事案の概要の箇所でも記したとおりです。
なお、本記事では詳細は省略しますが、採用内々定についても、採用応募者の労働契約締結に対する期待利益の侵害ないし信義則違反であることを理由として、使用者側(企業側)に損害賠償責任が認められる裁判例もあります。
採用後発覚した経歴詐称による懲戒事由(懲戒解雇・普通解雇)の裁判例
一方、内定取り消しではなく、本採用後、経歴詐称が発覚した場合における解雇の裁判例ですが、経歴詐称は、一般には、使用者と労働者間の信頼関係を壊し、労働力の評価を誤らせて、人事異動等に関する秩序を乱すものであるため、詐称された経歴が、最終学歴や職歴等、重要なものであることを前提として、経歴詐称の懲戒事由該当性を肯定する傾向にあります(炭研精工事件:最一小判平成3年9月19日労判615号16頁)。
また、中途採用後に発覚した経歴詐称の裁判例では、企業(使用者)は、中途採用の場合、当該労働者の職歴及び能力を重視して採用を決めることが多いため、労働者がこれらの点について詐称した場合には、懲戒解雇が有効とされた例(グラバス事件:東京地判平成16年12月17日労判889号52頁、普通解雇の事案として、KPIソリューションズ事件:東京地判平成27年6月2日労経速2257号3頁)もあります。
以上のように、一般的に、採用後における経歴詐称による解雇の行使は、内定取り消しの場合と比べ、ハードルが低い傾向にあり、本判例判旨の趣旨は、文言、表現の相違はありますが、採用後に発覚した経歴詐称の解雇の裁判例の判旨とベクトルは同じ向き(同視できる)にあるかと思料します。だとしたら、採用内定、採用後の違いはありますが、経歴詐称が及ぼす企業秩序への悪影響、企業秩序の規律維持に重きを置く従来の考え方は踏襲されているのではと考えます(私見)。
そもそも、採用とは?
使用者の採用の自由
採用、すなわち、使用者と労働者の労働関係は、通常、労働契約の締結から始まります。使用者による募集に対し、労働者が応募い、使用者が選考を行ったうえで、採用内定、本採用に至ります。労働契約も契約なので、民法の原則である契約自由の原則の下に置かれています。労働者から見た場合は就職の自由(但し、就労請求権はありません。)、使用者から見た場合、採用の自由です。
このように、お互いの自由はありますが、それは対等ではなく、労働契約の締結(=採用の決定)に際しては、使用者が一般的には個々の労働者に対して優越した地位にあり、この使用者による「採用の自由」については、「企業者は、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについては、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定できる」(三菱樹脂事件:最大判昭和48年12月12日労判189号16号)とし、使用者側の採用の自由を認めており、採用に至るまでのプロセスでは、使用者側がその主導権を持っている構図です(当たり前のことですが)。
そして、この採用の自由については、①選択の自由、②契約締結の自由、③調査の自由に分けることができるとされています(「新労働マニュアル事件実務マニュアル第6版(東京弁護士会労働法制特別委員会編著、ぎょうせい)」P44)。
本判例等における経歴詐称の問題は、このうち、③調査の自由に関係がある問題と言えます。
調査の自由と真実告知義務
使用者は、採用応募者の採否を判断するため、一般的に、履歴書等の提出や面接において質問などの調査を行い、採用応募者はそれに応じることになります。ここで、この使用者における調査の範囲がどこまで許容されるか、そして、採用応募者はどこまで応じる義務があるかにより、経歴詐称であるか否かの判断基準の基礎になるかと思います。
まず、使用者における調査の範囲ですが、裁判例として、「思想信条を理由とした採用拒否が違法とはいえないことを前提に、使用者が採用過程で労働者の思想・信条を調査し、これに関連する事項の申告を求めることも違法とはいえない」(前掲載三菱樹脂事件)とし、使用者の調査の自由を広く認めているのが、基本的な枠組みとなっています(近年では、個人情報保護法や職業安定法による制限又はプライバシー等への侵害による制限などもある。)。
一方、採用応募者については、履歴書、職務履歴書その他の応募者の労働力評価に関わる事項又は企業秩序に関わる事項に関連した使用者が求める書類等の提出、または、質問に対し、提出、申告する必要があります。さらに、採用応募者にとって不利になる働く可能性のある事項についてまで申告する義務があるかどうかですが、前掲炭研精工事件では、労働者が採用選考基準に学歴を高卒とし、大学中退者であること等を秘匿した事案において、「使用者が、雇用契約の締結の際に先立ち、雇用しようとする労働者に対し、その労働力評価に直接関わる事項ばかりでなく、当該企業あるいは職場への適応性、貢献意欲、企業の信用の保持等企業秩序の維持に関係する事項についても必要かつ合理的範囲で申告を求めた場合には、労働者は、信義則上、真実を告知すべき義務を負う」とし、使用者による懲戒権行使を認めました。
このように、履歴書等記載事項及び質問への申告内容は、虚偽はあってはならないこと。また、自分にとって不利になる事項も書類による回答又は質問があれば真実を告知する必要があることは、その質問等の内容が応募者の労働力評価に関する事項又は採用応募者の適応性を含めた企業秩序の維持に関する事項に関連するものであれば、その是非を論じる余地はないと思います。
なお、質問等されていない事項については、裁判例においては、詐称とは評価されず、自発的に告知する法的義務はないととされています(学校法人尚美学園事件:東京地判平成24年1月27日労判1047号5頁、中央タクシー(懲戒処分)事件:長崎地判平成12年9月20日労判798号34頁)。
経歴詐称と信義則
本判例は採用内定取り消しに関する事案です。前記の本判決の基本的的な枠組みでも記した最高裁の「判断の枠組み(出発点となる基本的な考え方)」は、採用内定の法的性質が始期付解約権留保付労働契約であることに基づくものです。
一方、使用者側には採用の自由が認められており、企業運営上、経営資源の核ともなる人材の選考については、企業成長のために必要な労働力・能力を有し、かつ、組織人・メンバーとしての適格性(コミニュケーション能力など)があるかなど企業秩序の観点からそれに相応しい人材を選ぶため、履歴書、職務履歴書等の内容及び面談等によるやり取りを判断基準として(=その内容を信じて)採用内定、本採用を決定しています。故に、採用応募者側は、信義則の観点からも、虚偽の申告等はそれを理由とした内定取り消しはやむを得ないものだと考えます。
以上のことから、本裁判例は、採用内定が取り消された事案ですが、前記信義則の観点から、採用後に発覚した経歴詐称事案と同視して判断されたものとも解釈が出来そうです。誤解を恐れずに言わせてもらうと、経歴詐称に関する採用紛争のきっかけが、たまたま、採用内定だったとも言えるのではないでしょうか。
なお、本判例の内容とは関係なく、私事ですが、現職における経験から、少数とはいえ、マイナスになる要素を持つ人の影響は馬鹿に出来ません。生産性の低下、士気の低下、長時間労働を招き、皆で協力してやって行こうという気持ち、プロフェショナルとしての気概の堅持を削ぎます(=あきらめ感の充満)。特に組織の規模が小規模の場合は、その影響力は大です。なので、保守的な考え方とご指摘を受けそうですが、特別な能力や器用さ云々より、考え方が自分中心ではないか?周囲の人と友好関係を持てるか、組織の規律(上司の命令など)を遵守してもらえるかなど組織規律の維持の観点に重きを置く人選もやはり大事だと、最近、再認識しています。
内定前にバックグランド調査実施と内定取り消し事由の予見性を高めること
本判例のような紛争を避けるには、まず、初期の採用段階での選考を厳格に行うことは言うまでもありません。
そのため、まずは、履歴書や職務経歴書等の提出に際し、記載内容に虚偽等の記載を行った場合は、採用内定取り消しや本採用後も懲戒事由に該当する可能性もあり得ることをはっきりと明記しておくことだと思います。また、裁判例を見ると、選考過程で明らかであったことや調査することができた事由で採用内定を取り消すことは難しいため、採用内定前にしっかりとしたバックグランド調査を行うべきだと思います。人的、時間的制約から、中々、個々の採用内定者候補者のバックグランド調査を行うことは難しいとは思いますが、前掲のドリームエクスチェンジ事件やオプトエレクトロニクス事件の裁判例を見てのとおりで、後々の紛争を未然に防ぐ観点から、内定を出す前に行った方がベターだと思料します。
また、採用内定通知書や応募者からの承諾書の中に、使用者側がどのような場合に採用内定取り消し(解約権の行使)を出来るのかを具体的かつ網羅的・詳細に定め、なるべくその予見性を高めることも重要かと思料します。
最後に、人には若さゆえの失敗や挫折、自分ではコントロール出来ない事由等により、一旦は、陽の当たる場所から退場せざるを得ない場合があるかもしれません。そして、その人次第ですが、その人が自己の復権を真剣に願い、再起、再チャレンジをかけるならば、やり直しや敗者復活戦の機会があってもよいのではないかと、還暦を前に、自分のことを振り返ってあらためて思います。
理想論になり、現実的には中々厳しいとは思いますが、自分のことを恥じて、心底、再起をかける気持ちの人間がありまのままの履歴や職歴、今までの自分の人生のことを話し、挑戦してきた場合は、それを受け入れる度量のある企業、経営者が居てもよい、若しくは、それに近い世の中の雰囲気があってもよいと考えています。今の時代は、インターネット、とりわけ、SNSの発達により物事が簡単に済む世の中になっているような気がします(勿論、利点もありますが。)。面倒ですが、最終的には、仕事も人と人との交わりが大事だと考えています。新規・中途採用についても、そのような人間同士の交わり合いにより形成されるのが、紛争を起こさないための一つの方策だと思料します。
