連合は11月28日、千葉県内で開いた中央委員会で、2026年の春季労使交渉(春闘)の賃上げ目標を盛りこんだ春闘の闘争方針について、「基本給を上げるベースアップと定期昇給を合わせた賃上げについて率は全体で5%以上、中小企業は6%以上とする。」と正式決定しました。2年連続で 5%台の賃上げが実現したものの、ここ数年の物価高等により実質賃金は依然とマイナスの状態が続いています。
また、日本銀行は、12月18日・19日の金融政策決定会合で、政策金利の指標である無担保コールレート(オーバーナイト物)を0.25%引き上げ、0.75%程度で推移するよう促すことを決定しました。これによって政策金利は1995年以来の30年ぶりの水準となりました。
基礎年金の底上げ(基礎と厚生年金保険の調整期間の一致施策)
「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律」(以下「25改正法」)が2025年6月に成立し、基礎年金の底上げについて、2029年の次期財政検証結果に基づき、給付水準の低下が予測される場合に実施されることが25改正法附則に記されています。また、これに伴い、現行のマクロ経済スライドについて、調整率を法定の3分の1程度に軽減する緩和措置を講じたうえで、次期財政検証の翌年度(2030年度)まで継続することにしています(2024年財政検証(過去30年投影ケース)によれば、厚生年金保険については、マクロ経済スライドの調整期間は、2026年に終了予定だったところ)。
これにより、次期財政検証の結果を踏まえ、基礎年金と厚生年金保険とのマクロ経済スライドの調整期間の一致を法制化する余地を残しました。
公的年金の機能とマクロ経済スライド
公的年金の機能
公的年金(基礎年金)には、主に、次の3つの機能があると言われています。
①リスク対応機能
物価変動や賃金上昇率など経済の変化又は障害や死亡といった保険事故に対するリスクヘッジ機能
②世代間扶養・世代内扶養(賦課方式)
世代間扶養という言葉は最近、厚生労働省の資料では使われない言葉になっていますが、現在の公的年金の財源は、その時の年金給付額について現役の現役世代が納めた保険料をその時々の高齢者等の年金給付に充てる財政方式を採用しています。インフレや賃金水準の上昇に対して、給付額の物価スライド・賃金スライドを行い、年金給付額について、その時の貨幣価値に見合う時価、実質的な価値を維持しています。それと同時に、支えてが少なくなった場合には、積立金を活用する仕組みともなっています(世代間扶養)。
また、社会全体で支える仕組み(基礎年金における基礎年金拠出金制度など)となっており、人口構造、産業構造及び就業構造が変化する中でも、安定的に基礎年金が給付できるような仕組みとなっています(負担の均衡化、世代内扶養)。
③所得再分配機能
公的年金制度は、2 階建て構造による所得再分配機能があります。1階部分が基礎年金ですが、これは全国民共通の定額のため、賃金(保険料)による年金給付額の増減はありません、このため、賃金が低かった方も高かった方も同額となるため、その財源は2階部分の保険料相当がその財源に再分配されていると言えます。言い換えれば、所得が低い方が又は基礎年金のみ受給の方の方が、その方の受け取る年金額総額に占める基礎年金の寄与度が高いと言えます。
公的年金制度の目的とマクロ経済スライド
マクロ経済スライドは、本来ならば、公的年金制度の機能である物価変動や賃金上昇など、経済の変化に対応できるリスク対応機能である、その時の物価や現役世代の賃金上昇による物価上昇に応じて年金額を改定する仕組みを抑制するものです。
このため、マクロ経済スライドは、物価上昇に対して年金額の貨幣的価値が相対的に劣る作用を及ぼします。このことは、年金額が低く、厚生年金保険が出ない基礎年金だけの受給者の方の生活水準の維持を考える場合、非常に大きな影響があると思います。
年金額か十分かどうかについては、名目年金額の増減を見るより、実質的な貨幣価値がどうなっているかが、大事だと思うからです。
同じように、年金額の相対的価値を測る指標として、いわゆる所得代替率というものがあります。これは、現役世代の手取り賃金額に対する年金額の割合です。具体的な計算方法は、(夫婦2人の基礎年金+夫の厚生年金) ÷ 現役男子の平均手取り収入額となっており(女性が社会進出している現状の就労実態とは前提が乖離しているため、個人的には計算方法を見直した方がよいと考えています。)、2004年の年金改正法により、所得代替率が50%が堅持されることになっています。
一応、この計算方法による所得代替率を前提にして話を進めますが、前述の2024年の財政検証では、現在の経済状況が続いた場合(過去30年投影ケース)、基礎年金だけが、マクロ経済スライドの調整期間が2057年まで続き、基礎年金の所得代替率は現在の36.2%から2057年には27.2%まで落ち込む試算となりました。
このことは、現役世代の賃金の伸び率(ひいては、物価上昇率)に年金額の価値が追い付いていけない状態が長期間続き、基礎年金の実質的価値が下がり続け、その時の経済状況の変化に対応出来ず、公的年金制度の機能のひとつである所得再分配機能が働かなくなる状態を意味します。
繰り返しになりますが、25改正法附則では、政治的な要素も入りましたが、次期財政検証時に、その時の社会や経済の変化を見極め、基礎年金の将来的価値(所得代替率)を再考し、必要があれば、基礎年金のマクロ経済スライドの調整を早く終わらせるように必要な法制上の措置(いわゆる基礎年金の底上げ)を講じることとされました。
最近の物価高と賃金上昇率
最近の物価動向
新型コロナウイルス過やロシアによるウクライナ侵攻による供給制約(サプライチェ―ンリスク)を要因とする物価高・資源高、その後の円安による輸入物価の高騰(輸入インフレ)による物価高。これらのインフレについては、当初、コストプッシュによる一時的なものとみる向きもありましたが、現在もインフレは続き、物価は高止まり、今後も上がる勢いです。
現在の物価高について、識者によれば、人手不足による供給力低下・潜在GDPが押し下げられ、結果、需給ギャップ(GDPギャップ)がタイト化し、インフレ圧力が強まっているとの指摘もあります(少し、データとしては古いですが、内閣府が今年の8月29日に公表した2025年4~6月期の「需給ギャップ」の推計値もプラス0.1%)。
需給ギャップのタイトは、物価上昇圧力の発生し、特に労働市場において需給がタイトな(人手不足が深刻な)場合、企業は人材を確保するために賃金を引き上げる圧力も高まり、人材不足による人件費高騰が更なる物価高を招いている状況です。
また、このようなことを背景に、冒頭に記したとおり、ここ2年間の春季労使交渉(春闘)の賃上げも実現しているところです。
金利と円安
冒頭に記したように、政策金利も引き上げられましたが、円安傾向は続いており、従来のセオリーが働かなくなっています。加えて、高市首相政権による総額21.3兆円の総合経済政策や積極財政が物価高を加速させる危惧も持たれ、また、中長期的な財政悪化に対する不安を呼び、円安の要因の一つになっているとの指摘もあります。
今後の物価高と賃金上昇率
現在は、現役組でも賃金の上昇率を物価上昇率が上回る実質賃金上昇率がマイナスとなっていますが、いずれ、この実質賃金上昇率がプラスになっていくとの指摘もあります。賃金の上昇は、結果的に物価を押し上げる要因にもなります。また、前記のとおり、現在の我が国の需給ギャップはタイト化し、インフレ圧力が強まっています。人手不足の状態を抜本的に解決しなければ、この状態は解消されず、暫くこの状態が続くのだと考えています。
以上のことから、今後、物価上昇率及び賃金上昇率もプラスが続いていくことが予想され、かつ、両方の上昇率の速度も高まっていくことと思われます。
物価高・賃金上昇に年金額の価値が追い付かない状況が生じる可能性
年金額については、毎年度、原則、新規裁定者(賃金上昇率により改定)、既裁定者(物価変動率により改定)区分で年金額が改定されることになっていますが、デフレ下においてはこの原則の改定が行われない状況が続きました。しかし、今後は物価・賃金共にプラスとなる見込みであることから、原則どおりの年金額改定が行われ、マクロ経済スライドも毎年度、発動されていくものと考えています。そのため、本来、物価又は賃金の上昇に見合った改定されるべき年金額がマクロ経済スライドにより目減りしていくことになるかと思います。
2024年財政検証における厚生労働省のオプション試算結果によれば、調整期間の一致と適用拡大を合わせて行った場合、調整期間は2037年に終了し、基礎年金の所得代替率も33.3%と2024年財政検証時の36.2%から若干落ちるに留まります。また、25年改正法附則の規定により次期財政検証時に調整期間の一致(基礎年金の底上げ)を講じた場合、スタート年度は最短で2031年度になるかと思います。この時の財政検証を踏まえた調整期間の終了年度がいつになるかわかりませんが、ざっくり言うと、少なくとも、本年度から起算して、6年~10年間、マクロ経済スライドによる調整が続くことになるかと思います。
確かに、マクロ経済スライドによる調整を掛ける前は、実際の物価上昇率又は賃金上昇率が使用されるため、物価上昇率又は賃金上昇率が改定に全く反映されていないわけではないですが、マクロ経済スライドの調整率により改定幅が緩やかなものとなり、加速度感がある物価高のスピードについていけない状態になるのでしょうか。
金利上昇による銀行預金等の恩恵を預かるのは、ごく一部の方だけだと思います。また、金利については、賃金と同様、物価上昇に追い付いていないマイナス状態、貨幣価値が物価上昇のスピードに追い付いていってない状態で、このことは現役組のみならず、年金受給者にも影響があることだと思料します。金利が上がる世界となりましたが、まだ、世の中の受入体制が整っていない状態での金利引上げは、スタグフレーションを誘発する可能性もあり、広い意味で不安要素です。
基礎年金のみ低年金等受給者への配慮
2024年財政検証では、経済が好転する高成長の場合でも、基礎年金も調整期間の終了は、2039年度とされています。昨今の急激な物価高の高騰は、時間の経過と共に、基礎年金の価値を加速度的に目減りさせ、特に、低年金、基礎年金のみ受給者、また、持ち家を持たない賃貸で生活している層への影響は大きいかと思います。
マクロ経済スライドが導入された2004年当時とは前提となる政治経済環境も大きく変化しており、また、その運用不全(名目下限措置を設けたことなど)により、当初の目標(2023年度に厚生年金保険・基礎年金ともに調整期間が終了)も狂って、そのツケが回ってきている状態です。こうしたことから、次期財政検証に向け、現在の制度の設計について、見直す必要があるかと思います。
そして、長い間、デフレ下に慣れ親しんだ期間から急激にインフレになったことへの対処として、年金額の実質的価値を維持するため、上記のような層の方々については、マクロ経済スライドによる調整を凍結、適用除外などの配慮措置を講じた方がよいのでしょうか。ある意味、この層に該当する方々は、取り残された方と言っても過言ではないと思うからです。
