カスタマーハラスメントの本質と経営者の覚悟

(Google Geminiにより生成)

 随分、昔の話しですが、誰もが名を聞けばわかる中古車販売店で購入した自家用車を廃車(処分)した際、廃車処理を請け負った業者から、「事故車でしたね」と言われました(買うときは、当然、知らされていません。)。当時、まだ、若かった私は、何かの目的もなく、怒りに任せ、その販売店の本社のお客様センターみたいなコールセンターに電話をかけ、猛烈に抗議しました。ところが、対応に出た男性のオペレーターからは「お客様のご意見は賜りました。」という趣旨の杓子定規な回答しか返ってきませんでした。
 具体的な営業所名や販売店員の名前もあげ、白黒はっきりしてもらいたいと言いましたが、調査するとか、販売店員から事情を聴取したうえで改めてご連絡しますとかいう、返答はありませんでした。
 それどころか、一消費者のクレームなぞ痛くも痒くもない、これ以上は文句は言わせないということを匂わす言葉もあり、結局は、泣き寝入りしました。

 このブログをご覧いただいている皆さんも、日常生活の買い物等の中で、営業職員、コンビニ等の店員(最近は、外国人が多くなったので感じませんが)、販売員、施設・病院等の職員などによる不遜、傲慢、いい加減な態度に怒りを感じ又は不愉快な思いをさせられた、情報の非対称性により高い買い物を買わされたなど煮え湯を飲まされた経験はあるかと思います。

目次

カスハラ防止対策取組み、未実施は約6割(東京都実態調査)

 令和8年10月1日に施行される「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号。以下「改正法」という。)に先立ち、令和7年4月1日から「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行されています。東京都では、条例施行後の都内におけるカスタマーハラスメントの現状を把握し、今後の施策への参考とするため、実態調査を実施し、令和8年3月に「令和7年度 カスタマーハラスメントに関する実態調査 報告書」(東京都産業労働局)を公表しています。

 この報告書によると「カスハラ防止対策に『取り組んでいる』と回答した企業の割合は38.5%」で、約6割がカスハラ防止策に取り組んでいないそうです。また、「カスハラ防止対策に『取り組んでいない』と回答した企業にその理由を聞いた結果、『正当なクレームとの判断の難しさ』が29.6%と最も高く、『ノウハウ不足』が23.8%、『発生状況の把握が困難』が16.7%」となっているようです(黄色下線は、筆者が追記。以下、同じ。)。

カスタマーハラスメントおさらい

職場におけるカスタマーハラスメントとは

  1. 顧客等の言動であること
  2. 業務の性質等に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
  3. 労働者の就業環境が害されるものであること

顧客等とは

 「顧客等」には、現時点での顧客だけでなく、将来顧客になり得る潜在的な顧客(購買する前に問い合わせを行う者なども含まれる)、取引の相手方(取引先担当者、契約交渉先の担当者など)、駅や病院などの施設利用者、およびその家族や近隣住民など、事業に関係を有する者が広く含まれます 。

社会通念上許容される範囲を超えた言動とは

 社会通念に照らし、言動の「内容」が契約内容からして妥当性を欠くもの、あるいは「手段・態様」が不相当なものを指します。具体的には、以下のような例が挙げられています。
 なお、これらはあくまで典型例であり、個別の事案の状況によって判断が異なる場合があることに留意が必要です。また、電話やSNS等のインターネット上で行われる言動も含まれます

〇言動の「内容」が契約内容からして妥当性を欠くもの

  • 商品・サービスと無関係な要求や、そもそも理由のない要求
  • 契約内容を著しく超えるサービス提供や、著しい減額の要求 2
  • 性的な要求や、労働者のプライバシーに関わる要求 2
  • 不当な損害賠償請求

〇「手段・態様」が不相当なもの

  • 身体的な攻撃: 暴行、傷害、物の投げつけ、唾を吐きかけなど
  • 精神的な攻撃: 脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言、土下座の強要など
  • 威圧的な言動: 大声で威圧する、反社会的な言動を行うなど
  • 継続的・執拗な言動: 同様の質問や電話・メールを執拗に繰り返す、揚げ足取りなど
  • 拘束的な言動: 長時間の居座りや電話による拘束

3. 「労働者の就業環境が害される」とは

 当該言動によって労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなった結果、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。

今年10月からは、事業主の雇用管理上の措置は義務化

 改正法に基づき、すべての事業主は職場におけるカスタマーハラスメントを防止するため、雇用管理上、以下の10項目の措置を講じることが義務付けられることになります(令和8年10月1日施行)。

 具体的な措置の内容は、厚生労働省の指針(「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)」、以下、「指針」)により大きく5つのカテゴリーに分けられています。
 なお、これらの措置は企業規模を問わずすべての事業主が対象となります 。また、事業主は他の事業主から協力(措置の実施に関して)を求められた場合、これに応じる努力義務も課せられることになります 。

1. 事業主の方針等の明確化とその周知・啓発

  • 基本方針の明確化: カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する方針を明確に示し、管理監督者を含む全労働者に周知・啓発すること(黄色マーカーは、筆者が追記。)。
  • 対処内容の周知: ハラスメントの内容と、あらかじめ定めた対処方法を労働者に周知すること。(現場で管理監督者の指示を仰ぐ、一人で対応させない、悪質な場合は警察へ通報する、本社・本部へ情報共有して指示を仰ぐなど。)

2. 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

  • 相談窓口の設置: 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。
  • 適切な対応体制: 窓口担当者が、相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにすること。

3. 事後の迅速かつ適切な対応

  • 事実関係の確認: 事案が発生した際、迅速かつ正確に事実関係を確認すること 。
  • 被害者への配慮: 事実が確認できた場合、被害者に対して速やかに適切な配慮措置を行うこと。
  • (例)担当者の変更、複数人での対応、被害者と行為者を引き離すための配置転換、メンタルヘルス相談の実施など 5。
  • 再発防止策: 同様の事案が起こらないよう、再発防止に向けた措置を講ずること。

4. 抑止のための措置(実効性の確保)

  • 悪質なケースへの対処方針: 特に悪質なカスタマーハラスメントへの対処方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、対応できる体制を整えること (犯罪に該当し得る言動への警察通報、行為者への警告文の発出など。)

5. その他併せて講ずべき措置

  • 不利益取扱いの禁止: 相談したことなどを理由に解雇などの不利益な取扱いをされない旨を定め、周知・啓発すること
  • プライバシーの保護: 相談者等のプライバシーを保護するための措置を講じ、労働者に周知すること。

(参考)カスタマーハラスメント及び求職者等に対するセクシュアルハラスメント対策が事業主の義務となります!(厚生労働省ホームページ)

カスハラは突き詰めるとイジメ

 最近、ニュースで「モンスターペアレント」という言葉をあまり聞かなくなりましたが、実態はどうなっているのでしょうか?これに対応して、反比例にニュースでたまに聞くのが、学校教員のうつ病者数や精神的疾患を理由とする休職者数が増えていることです。彼ら彼女らは、あまり、報道されなくった闇の部分により、疲弊、壊れてしまったのでしょうか?

 私は、心理学の専門家でもないので、学術的な言葉やエビデンスをもって、これから記述する内容についての根拠を明確に説明することはできませんが、セクハラの対価型、パワーハラスメント、カスタマーハラスメント、モンスターペアレントも立場的に優位な者又は社会的に力がある者若しくは肉体的に力がある者及び強いバックグラウンドがある者が、弱者や弱みに付け込んで行うイジメ行為なのだと思います。行為者は、この行為により、金銭的欲求や自分の心の欲求を満たしたり、うっ憤を晴らし、楽しみ、スッキリするのです。

 前記の「社会通念上許容される範囲を超えた言動とは」では、教科書的な記述になりましたが、よく考えると、若い方を除き、皆さん、思い出しませんか?大江戸捜査網や水戸黄門などの勧善懲悪を描いた時代劇を。権力のあるお代官さまや裕福な商人が、下級武士、江戸町人や農民など立場の弱い人の弱みに付け込み、苦しめ、最悪、命を奪い、その方たちの無念を晴らすため、隠密同心などが悪代官などを成敗するのです。

 時代考証はともかく、このように考えると、イジメというのは、人間の本質なのだと思います。変えようがない、動かざる本質です。法律でどのように対策を立てても、良心による自制が効かずイジメを行う、楽しむ一定程度の人間の存在はなくならないと私は思っています。必ず、行う者は出てきます。そして、そのような人間に何か変化(自省)を求めることを期待しても無駄です。変わりません。

 カスタマーハラスメントの例で言えば、普通の常識的な人が正当なクレーム又は勘違いにより、クレーム等を行った場合、その途中経過では、激しく応酬等が行われ、怒りに任せた言葉が行き交じる場面もあるかもしれませんが、土下座などの屈辱的な行為を強要されたり、生命・身体の危険を感じたり、夜も眠れないほどストレスが継続したり、精神が壊れたり、職場に出たくなるなどの状況は起こらないと思います。ある意味、最初からいくつかの出口(落しどころ)は、用意されているのです。

 問題に発展するのは、人間の本質ゆえ、良心による自制心が効かない、自省が効かないカスハラを行う者が現れた場合です。この場合、出口が見つからない暗いトンネルの中に突入したのと同じことになるのだと思います。

カスハラ対応は、自身の人生の時間を奪われる

 前記の問題があるようなカスハラ対応は、その対応を余儀なくされた従業員やその関係の自由な心の時間を奪っていきます。そのことが頭から離れず、本来すべき、考える時間が奪われ(自由な意思の喪失)、支配されてしまいます。最悪、精神疾患などになってしまっては、従業員等自身の人生の一部を奪われてしまうことになります。
 また、仮に、裁判等に発展した場合又はSNS等で誹謗中傷・誤情報を拡散された場合、膨大な時間と金銭の費消を余儀なくされます。

カスハラ対策は積極的な自衛を、従業員の心が壊れる前に。経営者の腹決めが肝心

カスハラは起こってからでは遅い。経営者の腹決め。

 私は、カスタマーハラスメントの一番の問題点は、前記のとおり、従業員等の心のダメージにより、自身の人生の一部が奪われていくことだと思います。
 そのような意味では、前記「カスタマーハラスメントおさらい」の中で「労働者の就業環境が害されるとは」での記述内容である「当該言動によって労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなった結果、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じること」という状態では、手遅れになってしまっているのだと考えます。

 前述のとおり、人間の本質ゆえ、カスタマーハラスメントを行って来る者は必ず存在します。業態によっては、その頻度は多少違って来るとも思われますが、宿泊業、飲食サービス業や医療、福祉など、人(顧客)との接点が多い業態では、避けて通れないものだと思います。そして、前述のように、カスタマーハラスメントを行って来る者に何か変化(自省)を求めることは期待出来ません。

 それゆえ、前記の「事業主の雇用管理上の措置」の中のうち、(事業主が)「カスタマーハラスメントには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する方針を明確に示すこと」は、非常に大事な対策事項だと思います。相手が変わらないなら、自分たちが変わるしかないのです。従業員が何故、理不尽な対応に屈服し、我慢を強いられなければいけないのか?それは、会社に迷惑がかかること=解雇される=自分の生活の糧が奪われるからです。この従業員の不安を払拭出来るのは、経営者しかいません。 

積極的な自衛の必要性、向こう傷は問わない、そして、可能な限り関りを持たない

 以上のことを踏まえ、「事業主の雇用管理上の措置」の中でもあるように、

  • 対処内容の周知: ハラスメントの内容と、あらかじめ定めた対処方法を労働者に周知すること
  • 悪質なケースへの対処方針: 特に悪質なカスタマーハラスメントへの対処方針をあらかじめ定め、労働者に周知し、対応できる体制を整えること

 については、マスト事項で、これを基本に専門家(弁護士や危機管理の専門家など)に相談し、自衛策を考えていくべきだと思います。私は、マキャベリや韓非子に関する書籍を愛読しているのですが、彼らも「形になる前に、動きを察知して対策を講じる」「予測される禍(わざわい)は、先延ばしにせず、ただちに戦うべきである」ことの重要性を説いてます。

 前述の東京都の実態調査によれば、「被害にあったカスハラの内容は『継続的な、執拗な言動』が61.6%と最も高い。また、カスハラの被害にあった場面は『電話・メール』が69.5%と最も高く、『対面(接客時)など』が47.9%と続く。」とされています。

 このことを前提に置くと、留意しなくてはならないのは、従業員の心が壊れることを防ぐこと(ケアではありません。その前の段階です。)です。
 理不尽な要求等に我慢をし続けることによる精神のダメージ(自己否定、自尊心の崩壊、強度のストレスによる恐怖心による精神崩壊、行為者による一時的な洗脳・支配)を最小限に留めるために、理不尽な要求等による場合、一定程度の応酬(正当な言い返し、警告、警察への通報を伝える)、又は、その場を離れる、電話を切るなど対応離脱などを行い関わりを絶つことを従業員が行っても、責任を問わない枠組みを構築し、経営者がそれを保証することを明言することだと思います。

 何故なら、問題に発展するカスハラ行為者は、従業員が抵抗出来ない、離脱出来ないとわかっているからです。そして、その抵抗出来ない、離脱が出来ない従業員が苦慮する様を見て、又は、聞いて、優越感を感じ、楽しみ、憂さを晴らしているだけだからです。

『正当なクレームとの判断の難しさ』について

言動の「内容」が契約内容からして妥当性を欠くもの(正当ではないクレーム)

 前記の東京都実態調査では「カスハラ防止対策に『取り組んでいない』と回答した企業にその理由を聞いた結果、『正当なクレームとの判断の難しさ』が29.6%と最も高く」とされています。

 この点については、個別・具体的なケースでの説明は出来ませんが、前述のカスタマーハラスメントの本質はイジメ、金銭の要求、自分の欲求、憂さ晴らし、困る相手を見て喜ぶという人間の本質から来ている行為だとの視点に立てば、何が正当なクレームなのか、何が理不尽なクレームなのか、ご自身の人生経験や常識で判断出来るのではないでしょうか。

 また、従業員の教育不足や手抜き、詐称などによるサービスの質が低下したこと等への正当なクレームの内容については、維持しなければいけない事業活動におけるサービスの質が何なのかを明確にしたうえ、その質の低下に関する言動なのか、それとも、それに当てはまらない言動なのか。当てはまらない場合は、一応、妥当性を欠くものに該当する可能性があると整理してもいいかもしれません。 

 なので、経営者は、ご自身の事業活動の中で、世の中の流れや制度改正(障害者対応など)なども踏まえ、何を、どの水準で、顧客に提供・受渡し等しなければいけないのかを整理、把握、明確にし、現場(従業員)を教育し、現場(従業員)がそれを遵守しているかを把握する必要があるのだと思います(特に、手抜き行為など)。 

 まずは、経営者の足元を見て、維持しなければいけない事業活動におけるサービスの質は何か、これを整理することで、カスハラ対策における正当なクレームとの線引きになる一つの基準になるかと思います。

「手段・態様」が不相当なもの(正当なクレームも含む)

 このケースにおける『正当なクレームとの判断の難しさ』については、刑法との関係で整理が付き易いかと思います。
 正当なクレームとの判断という最初の入口で迷う経営者の方は、まずは、最低限のこと、刑法の刑罰に該当する行為についての対応を念頭に、従業員から今まで顧客から受けた不愉快な言動等を聞き取り、それを弁護士とも相談し、刑法に触れるものがあるか落とし込んで、類型化することから、始めてみては如何でしょうか。

 以下、カスタマーハラスメント(カスハラ)に該当する手段や態様のうち、刑法などの法律に抵触し得る具体的な行為と、それに対応する主な刑罰名(罪名)を列挙します。
 なお、以下の刑罰名の列挙事項ですが、私は、検察官や弁護士ではないので、一般的な法解釈に基づくものであることを申し添えます。予め、ご了承ください。

1. 精神的な攻撃・威圧的な言動に該当するもの

  • 脅迫罪(刑法222条)
    「SNSに悪評を書き込んでやる」「ただじゃおかない」などと労働者を脅す行為。
  • 恐喝罪(刑法249条)
    「SNSへの悪評投稿」をほのめかして労働者を脅し、不当に金品を要求したり、サービスを無料にさせたりする行為。
  • 強要罪(刑法223条)
    義務のない「土下座」を執拗に強要したり、不当な謝罪文の作成を無理やり迫ったりする行為。
  • 名誉毀損罪(刑法230条)
    SNS等のインターネット上で、労働者個人の名前や顔写真、あるいは企業に対する事実・虚偽の悪評を公然と投稿し、社会的評価を低下させる行為。
  • 侮辱罪(刑法231条)
    具体的な事実を挙げずに、SNSや店頭で「バカ」「無能」などと労働者を公然と中傷・罵倒する行為。

2. 身体的な攻撃に該当するもの

  • 暴行罪(刑法208条)
    労働者に対して胸ぐらをつかむ、殴る、あるいは物を投げつけるなどの行為(怪我に至らない場合)。
  • 傷害罪(刑法204条)
    身体的な攻撃(暴行や物の投げつけ等)によって、労働者に怪我を負わせたり、精神的な攻撃によってうつ病などの精神疾患を患わせたりする行為。

3. 継続的・執拗な言動、拘束的な言動に該当するもの

  • 威力業務妨害罪(刑法234条)
    大声で威圧する、長時間の居座りや執拗な電話・メールによって窓口を占有し、企業の正常な業務運営を妨げる行為。
  • 偽計業務妨害罪(刑法233条)
    事実無根の悪評や虚偽の情報をSNS等に投稿し、それを信じ込ませることで企業の業務を妨害する行為。
  • 不退去罪(刑法130条後段)
    店舗やオフィスなどの施設において、管理者から「退店・退去」を求められたにもかかわらず、長時間を居座り続けて退かない行為。

「カスハラ対策」という言葉は、一旦、横に置き、犯罪行為への対策を主眼に

 「正当なクレームとの判断の難しさ」については、前記までのとおりですが、それでも躊躇するようでしたら、ここは、一旦、「カスハラ対策」という言葉は横に置き、最低限の防壁として、犯罪行為への対策に主眼を置くという風に見方を変えて見ては如何でしょうか。

 ここで守るべきは、従業員の生命・身体の安全と自由な意思、事業の健全な継続です。そのために、最低限の防壁として、前述した「『手段・態様』が不相当なもの」で、類型化した犯罪行為の該当例を従業員に周知し、そのような事態になった場合に備え、いつでも相談できる弁護士を探しておくほか、警察への通報体制、証拠の収集方法を決め、従業員に周知しておくことです。
 また、証拠収集については、監視カメラの設置、録音(証拠能力があるかは別として)などの設備機材を整えることも大事だと思います。

 このような態様は、もはや、カスタマーハラスメント対策ということではなく、犯罪行為へのカウンター措置ということになります。従業員にも、カスタマーハラスメント対策としてではなく、”犯罪行為への対処”という名目で、そのような場合の防犯体制を周知していくことになると思います。
 よって、店内にポスターを貼るなどの際の標語は、”STOP カスハラ”ではなく、”STOP 犯罪行為”になるのだと思います。

カスハラの法制上の措置は、行為者を拘束しない。あくまでも、会社側の責任

カスハラ対策は、あくまでも事業主(会社)の責任

 よく、カスハラ関係のポスターで、対カスハラ行為者向けと見れる”STOP カスハラ”という標語を見かけますが、私見ですが、あれは厳密に言うと、改正法の趣旨とは、若干ずれていると思います。改正法や指針の内容は、カスハラ行為者に対する罰則などなく、禁止行為として規制対象にしていません。改正法や指針では、あくまでも、カスタマーハラスメントに対する雇用管理上の措置を事業者に義務付けしただけです。

 改正法の趣旨は、平たく言うと、今までは、”働いてお金をもらっているのだから、それくらい(カスタマーハラスメント)は、我慢しろ”という感じで、従業員一人に責任を押し付け、又はスケープゴートにしてきた慣習を見直し、従業員一人で責任を負わすのではなく、会社全体で対応しなさいということだと思います。

 国民的番組で描かれたような、明治、大正、昭和の時代に生き、カスタマーハラスメントを含む数々の理不尽なことに一人耐え忍び、成功したヒロイン等のサクセスストリーに隠し味のようにアクセントを与え、そのような辛いことがあるから成功したのだと受容されていた理不尽なことは、もはや、受容されないことへと変わったということです。その背景は、後述しますが、1対1の構図から、SNSの発展により、1対不特定又は多数の構図に変化したことなどが考えられます。

事業主(会社)がカスハラ対策を怠った場合、カスハラ放置は、法律上のリスク

 くどいようですが、改正法はカスハラ行為者の対しての禁止行為を規定したものではありません。事業主(会社)側がカスタマーハラスメントを受ける労働者(従業員)を守ることを事業主(会社)の義務として規定したものです。では、この義務を事業主(会社)が怠った場合、どうなるか?

 「法やこれに基づく指針に定められた義務は、労働契約上の権利義務や不法行為損害賠償請求権を直接基礎づけるものではないとされているが、これらに沿って十分な防止措置を採っていることは、使用者責任や配慮義務違反の判断において、使用者の責任を免れさせる1つの考慮となり得る(水町・詳解労働293頁)」(「新労働事件実務マニュアル第6版」(東京弁護士会 労働法制特別委員会編著)P201)とされています。つまり、逆の場合も然りです。

 労働契約法(平成19年法律第128号)第5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とし、事業者(会社)に労働者(従業員)に対する安全配慮義務が課されています。

 この配慮義務には、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者(従業員)の心身の健康を損なうことがないようにする注意する義務(健康配慮義務)も含まれるとされており、事業主(会社)がこの義務に違反し、労働者(従業員)が精神障害の発症、自殺した場合には、労働契約法第5条違反による債務不履行又は民法による不法行為(第709条、第715条)に基づく損害賠償責任を負う(電通事件:最二小判平成12年3月24日労判779号13頁)可能性が生じます。
 また、カスハラ行為者の直接的な暴力や傷害による負傷も、労災はもとより、事業主(会社)側の安全配慮義務違反が問われる可能性も否定できません。

 なお、労災により就労ができなくなった期間の賃金を請求する根拠として、民法536条2項(契約で引き起こされた履行不能の原因が「債権者(受け取る側)」の責任にある場合のルール)に基づく請求を認める学説が現れ、裁判でもこれを認めるケースもあるようです(東芝(うつ・解雇)事件:東京高判平成23年2月23日労判1022号5頁)。

 このように、カスハラ行為により、労働者(従業員)が肉体的・精神的なダメージ又は生命を失った場合において、事業主(会社)側が事前に、カスタマーハラスメントを受ける労働者(従業員)を守る義務を怠っていた場合、事業主(会社)側も損害賠償を負わされる可能性があります。これは、事業主(会社)にとっては、潜在債務(訴訟リスク)となります。

非常に厄介なSNS等によるカスハラ

SNS等とカスハラ

 前記のとおり、インターネット上での悪評投稿(またはその予告)、具体的には、「SNS等のインターネット上へ悪評を投稿することをほのめかす発言によって労働者を脅すこと」や「SNS等のインターネット上へ労働者のプライバシーに係る情報の投稿等をすること」は、カスハラ行為における精神的な攻撃や不相当な手段・態様として例示されています。

 しかし、SNS上でのカスタマーハラスメント(カスハラ)は、ひとたび拡散してしまうと完全に消し去ることは難しく、会社や従業員を守る上で非常に厄介な問題です。

事前対応(「対応方針(ガイドライン)」の社内外への明示)

 実効性を確保し、従業員と会社のブランドを守るためには、組織的アプローチが重要です。会社として「悪質なSNS投稿やプライバシー侵害には一切妥協せず、法的措置を講じる」という基本方針を策定し、公式サイト、店内ポスターなどで公然と、社内外に宣言(周知)しておくことです。これが盾となり、不当な要求に対して「当社のガイドラインに基づき、これ以上の対応はいたしかねます」と毅然と突っぱねる根拠になります。

事後対応(悪評投稿等された場合)

事実関係の迅速な確認と「公式見解」の準備(初動対応)

 本記事の冒頭に記したように、一定程度、従業員側に非があるケースもある場合があります。そのため、まずは、事実確認を行い、現状を分析することです。そして、事実であった場合は、速やかに非を認め、再発防止策を公式に発表(初期消火)することです。

 一方、事実無根、過度な誇張、従業員のプライバシー等を侵害する悪質な投稿であり、拡散が始まった際、最も危険なのは「沈黙」や「生半可な謝罪」です。この場合、会社(組織)として、毅然と事実関係を否定する、従業員を守る警告などステートメントを出すことです。毅然とした態度を示すことで、周囲のネットユーザーの同調を防ぐことができる可能性があります。を公式に発表(初期消火)。

投稿者(行為者)を限定・特定する(2次対応)、情報流通プラットフォーム対処法

「情報流通プラットフォーム対処法」(正式名称:「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律(平成13年法律第137号)」は、SNS等での誹謗中傷や権利侵害に対し、被害者救済を強化する目的で導入された法律です。大規模なSNS事業者に対し、削除申請への迅速な対応と運用状況の透明化を義務付けており、被害を受けた個人は事業者へ直接、削除や発信者情報の開示を請求できます。

発信者情報開示請求
 匿名での投稿であっても、裁判手続きなどを経てプロバイダやSNS運営会社にIPアドレスや登録情報の開示を求めることができます。これにより、投稿者の氏名や住所を特定し、損害賠償請求や刑事告訴(名誉毀損・業務妨害など)といった法的措置へ繋げることが可能です。

〇プラットフォーム事業者への「削除請求」
 誹謗中傷やプライバシー侵害に遭った場合、対象のSNSなどの事業者に対して投稿の削除を申し出ることができます。特に、利用者が多い「大規模プラットフォーム事業者」として指定された企業は、削除の申出を受けた場合、原則として7日以内に対応(削除するか否か)を判断し、通知する義務があります。請求窓口は、各事業者のウェブサイトなどから、電子的な方法で簡単に申し出ができる専用フォームが用意されています。

証拠保全

 投稿が削除されると特定が難しくなるため、以下の情報を速やかにスクリーンショット等で保存します。

  • 投稿のURL
  • 投稿者のアカウント名、ID(@から始まる文字列など)
  • 投稿日時と投稿内容

やっぱり、最後は、積極的な自衛

 投稿内容が「お金を払わなければネットに晒す(恐喝)」、「店を潰してやる(業務妨害)」など、犯罪に該当し得ると判断される場合は、躊躇なく警察へ通報・相談できる体制を事前に整えておくことが大切だと思います。

 また、SNS対策は「起きてから動く」のでは後手に回ってしまいます。まずは「うちはSNSハラスメントを許さない」という姿勢をあらかじめ表明し、万が一の際の相談窓口やフローを社内で一本化しておくことだと思います。特に、削除要請や発信者情報の開示には法的な専門知識が必要となるため、インターネット問題に詳しい弁護士を探しておくことも迅速な解決への近道にもなると思います。

おわりに

 前記のとおり、カスハラ行為を甘受しなければいけない従業員の最終的な不安の種は、生活の糧を失うことです。それ故、理不尽な行為に屈する心情と自尊心とのバランスが崩れ、精神的なダメージを受けるのだと思います。

 そのようなことから、やはり、経営者がカスハラ行為から従業員を守るという表明を対内外的に表明し、実際に実行するという経営者の覚悟と腹決めが大事だと思います。これにより、表面的に理不尽に見えるカスハラ行為も単なる雑音レベルになり、精神のバランスを保つことが出来るのだと思います。誤解を恐れずに言わせてもらえば、この経営者の覚悟と腹決めだけで、カスハラ対策の約8割は達成出来るのだと思います。

 約30年以上前くらいからでしょうか、私見ですが、日本の中で、悪しき平等感というものが蔓延してきたような感じがしています。私は、元々、人間社会というものは、平等というものはないと思っています。生まれた環境、育った環境等により、それぞれ、「差」があるというのが現実だと思います。この悪しき平等感の一番の弊害と感じてきたのは、表面的・外形的な体裁や自己中心の正義感に振り回され、きちんと言うべき、正当なことを言えない、風潮が蔓延したことだと思います。

 理不尽な行為に対して、それ相応の対応をすることが何故いけないのか?自己の尊厳を守るために戦うことが何故いけないのか?自分の自由な意思、精神を守ることは、これも、人間の本質なのだと考えます。

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