厚生労働省は、昨年12月25日、労働政策審議会(職業安定分科会・雇用環境・均等分科会同一労働同一賃金部会、以下「部会」)において、同一労働同一賃金の施行5年後見直しに向けた報告書案である「雇用形態又は就業形態にかかわらない公正な待遇の確保に向けた取組の強化について(報告)(案)」(以下、「報告案」)及び「同一労働同一賃金ガイドラインの見直し(案)」(以下、「見直し後ガイドライン」)を提示しました。
見直し後ガイドラインについては、令和7年2月5日開催の第16回の部会から議論が開始され、有識者からのヒアリング、労使関係団体等からのヒアリング等を経て、検討が行われてきました。
同一労働同一賃金は、非正規職員の低待遇、不安定雇用の是正のほか日本的雇用システムの弊害(長時間労働など)の解消を図ることを主な目的とするものです。働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30 年法律第71 号)、以下「働き方改革関連法」)により、短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善に関する法律(平成5年法律第76 号。以下「パートタイム・有期雇用労働法」という。)等の改正が行われ、正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な待遇差の実効ある是正を図るため、不合理な待遇差の禁止、非正規雇用労働者に対する待遇に関する説明義務の強化並びに行政による履行確保措置及び裁判外紛争解決手続(行政ADR)の各規定が整備されました。
さらに、前記のパートタイム・有期雇用労働法の規定の整備に加え、短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(平成30 年厚生労働省告示第430 号。「同一労働同一賃金ガイドライン」以下、「現行ガイドライン」)が策定され、令和2年4月1日から施行されています(パートタイム・有期雇用労働法及び同一労働同一賃金ガイドラインの中小企業への適用は令和3年4月1日から)。
パートタイム・有期雇用労働法及び現行ガイドライン施行後における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の基本給及び諸手当並びに福利厚生面については、格差縮小傾向にありますが、依然として格差があるなど、更なる取組みが求められる状況にあります。このような足元の状況を踏まえ、今回、見直し後ガイドラインが策定されました。本記事では、厚生労働省が第29回の部会で公表した見直し後ガイドライン等を元に、その概要について、2回に分けて、整理していきたいと思います。
なお、同一労働同一賃金は、短時間・有期雇用労働者と派遣労働者をその主な対象とするものですが、本記事では、文字数の都合等から、短時間・有期雇用労働者に対象を絞って記述していきます。予め、ご了承ください。
見直し後ガイドラインの主な内容
1 目的と基本的な考え方における主な変更点
見直し後ガイドラインの目的の明確化
見直し後ガイドラインでは、ガイドラインの目的について、働き方改革関連法によりパートタイム・有期雇用労働法に規定された均等・均衡待遇は、個々の待遇ごとに、当該待遇の性質、目的に照らして適切と認められる事情を考慮して判断されるべき旨を明確化した規定である旨を明確化する記載が追記されました。
すなわち、不合理な待遇差を判断する際の基準が「個々の待遇ごと」にあることを再確認し、判断プロセスをより具体的かつ客観的なものにすることにあります。もう少し、噛み砕いて説明すると、待遇全体をパッケージ(総額)として比較するのではなく、基本給、賞与、退職手当、各種手当といった項目ごとに個別に、それぞれの待遇がどのような性質を持ち、どのような目的で行われその検討すべきであり、事業主に対し、主観的または抽象的な説明ではなく、客観的および具体的な実態に照らして対応することを求めることがあらためて明記されました。
これらのことは、後述する内容に共通することですが、新しい概念ではなく、パートタイム・有期雇用労働法第8条にその旨が明記されており、見直し後ガイドラインにおいて、再確認、強調されたもので、この明記された内容が見直し後ガイドライン全体を串刺した憲章的なものになっていると思われます。
見直し後ガイドラインの基本的な考え方の明確化・拡充
基本的な考え方についての変更点は、大まかに次の3点になると思われます。
第一に、目的において明確化された内容との整合性です。すなわち、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に賃金その他の待遇の決定基準・ルールの相違がある場合等の取扱いについて」は、賃金に限らず待遇全般に関する内容であることを明確化(再確認、強調)する文言が追記されました。
第二に、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の待遇の決定基準・ルールの相違がある場合、その相違について、不合理性を判断するにあたっての基本的な考え方は、「『通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間で将来の役割期待が異なるため、待遇の決定基準・ルールが異なる』等の主観的又は抽象的な説明では足りず、待遇の決定基準・ルールの相違は、短時間・有期雇用労働法第8条の規定に基づき、客観的及び具体的な実態に照らして、不合理と認められるものであってはならない。以下省略」(見直し後ガイドライン原文のママ。太字は筆者が追記。)とされています。
この考え方そのものは、現行ガイドラインでも基本給に係る項目に記載されていましたが、移設され、この考え方が基本給のみならず、賃金(基本金、賞与、退職金及びその他の諸手当)、教育訓練、福利厚生(施設利用、休暇、病気休暇など)など待遇全般について及ぶことの再確認がされました。
したがって、見直し後ガイドラインが施行された場合、事業主は、待遇全般について、相違の有無の再確認とその整理、相違がある場合は、少なくとも、その理由について、職務内容や責任の範囲の違いその他の事情と各待遇の性質、待遇を行う目的とを紐づけした理由を説明できるよう、用意しておく必要が生じるかもしれません。
第三に、だったら、通常の労働者(以下「正社員」)の待遇を引き下げることによって、「相違」を失くせばいいのではという考え方・方法論もあるかと思いますが、この点については、現行ガイドラインでも「望ましい対応とはいえない」とされてきました。
しかし、更に、今回の見直しでは、不合理と認められる待遇の相違の解消等については、パートタイム・有期雇用労働法の目的が短時間労働者・有期雇用労働者及び派遣労働者の待遇の改善であることに鑑み、「当該待遇の相違の解消等に当たっては、通常の労働者の労働条件を不利益に変更することなく、短時間・ 有期雇用労働者及び派遣労働者の労働条件の改善を図ることが求められる。」(見直し後ガイドライン原文のママ。太字及びマーカーは筆者が追記。)と明記されました。
いわゆる底上げの発想ですが、収益水準が低い中小企業にあっては対応が苦慮される場合も想定され、見直し後ガイドラインでも「やむを得ず」就業規則を変更することにより(正職員)の労働条件(待遇)を不利益に変更する(待遇の引き下げ)ことは、基本的には対応は望ましくないとしながらも、認められる余地が残されています。
但し、その待遇引下げについては、原則、労働者(正社員、以下同じ。)との合意(労働契約法第9条)、例外として、労働者と合意することなく、就業規則等を不利益変更する場合は、労働契約法第10条の規定に基づき、不利益変更に係る事情に照らして合理的なものであることが求められます。
ここで言う労働契約法第10条における合理性の判断要素となる規定は、労働者が受ける不利益の程度(影響が大きいほど高い合理性が必要)、労働条件の変更の必要性(経営悪化など、経営上の理由の切実さ)、変更後の就業規則の内容の相当性(代償措置はあるか、不利益のバランス)、労働組合等との交渉の状況(労働者側と十分に協議されているか)、その他の就業規則の変更に係る事情(同種事項に関するわが国における一般的状況など)が明記されており、判例では、これらを総合考慮して判断すべきとされています。
なお、不利益変更がその判断要素を元に合理的であることの立証責任(簡単に言うと証明)は、事業者側が評価根拠事実(「合理的」という規範的要件の要件事実、評価を根拠づける個々の具体的事実)を主張、負うことに留意する必要があります。
また、「「やむを得ず」という文言は今回新たに追加されものであり、「どのような程度がやむを得ずなのか」は、今後の実務における実例の積み上げによりますが、前述の労働契約法第10条の趣旨に沿えば、当該不利益変更について「高度の必要性」を要するとした「第四銀行事件」(最二小判平成9年2月28日労判710号12頁)や「大曲市農協事件」(最三小判昭和63年2月16日労判512号7頁等)による判旨が一つの指標になるかもしれません(詳細は、省略させていただきます。)。
2 「均衡待遇」及び「その他の事情」の明確化
均等待遇の内容の明確化
パートタイム・有期雇用労働法施行前の短時間労働者の保護(期間の定めのあることによる不合理な労働条件の禁止)は、改正前労働契約法第20条に規定されていました。この第20条については、パートタイム・有期雇用労働法第8条に統合され、現在では削除されています。パートタイム・有期雇用労働法は、前述のとおり、働き方改革関連法により改正され、同一労働同一賃金ガイドラインも令和2年4月1日から施行されているところ。
実は、この施行前後において、改正前労働契約法第20条に基づく正社員と非正規社員(契約社員・定年後再雇用有期雇用労働者)との待遇の不合理を巡って、最高裁が初めて判示した裁判例が二つあります。それが、ハマキュウレックス(差戻審)事件(最二小判平成30年6月1日労判本号20頁)と長澤運輸事件(最二小判平成30年6月1日労判本号34頁)です。
詳細は割愛させていただきますが、この二つの最高裁の判示は、パートタイム・有期雇用労働法及び同一労働同一賃金施行後の裁判所の判断及び同一労働同一賃金ガイドラインの内容にも大きな影響を与えました。
このうち、今回の見直し後ガイドラインでは、前述ハマキュウレックス事件の最高裁判決を踏まえて、正社員と短時間・有期雇用労働者との間における不合理について、職務の内容等が異なり不合理が認められる場合でも、その異なる相違に応じた均衡のとれた待遇とすることが求められることが、見直し後ガイドライン「第3 短時間・有期雇用労働者」の節に明記されました。
すなわち、正社員と短時間・有期雇用労働者との間で待遇の相違があってもただちに不合理となるわけではなく、職務内容等の相違に準じて、その相違に見合う分の待遇が求められるという趣旨です。待遇の性質、目的が正社員だけではなく、短時間・有期雇用労働者にも当てはまる場合は、その当てはまる度合い、会社への貢献度等に応じた待遇をしなければならないということです。
「その他の事情」
パートタイム・有期雇用労働法第8条でいう不合理とされるのは、正社員とパート・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇について相違があり、その待遇の相違が、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められない場合です。
したがって、前述のとおり、「相違」のみをもって不合理とはされず、また、当該職務の内容及び配置の変更の範囲だけではないそれらを含むその他の事情を考慮することになっています。
現に、裁判例においても、定年退職後の有期雇用労働者が争った事案では、その他の事情として、退職金の支給の有無や老齢年厚生金及び高年齢雇用継続給付金の受給の有無、労働組合等との労使交渉の経過などを総合的に考慮し、不合理か否かの検討を行っています。
このようなことから、厚生労働省もパートタイム・有期雇用労働法等施行時に、法律やガイドラインの文言を補足する形で施行通達(「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する施行について」(平成31年1月30日基発0130号第1号等)を発出しており、その中で、何が「その他の事情」に該当するか記載しており、今回の見直し後ガイドラインでは、その施行通達における記載等が「第3 短時間・有期雇用労働者」の「(注)1」として、追記されました。
長くなりますが、具体的には、以下の「」の内容が追記されています。
「短時間・有期雇用労働法第8条におけるその他の事情については、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲に関連する事情に限定されるものではない。職務の成果、能力、経験、合理的な労使の慣行、事業主と労働組合や過半数代表者等との間の交渉といった労使交渉の経緯や結果等の諸事情がその他の事情として想定されるものであり、考慮 すべきその他の事情があるときに考慮すべきものである。
また、事業主が短時間・有期雇用労働法第 14 条第2項の規定に基づき 通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の待遇の相違の内容及び理由について十分な説明を行わなかったと認められる場合や、事業主が待遇の体系に係る議論において短時間・有期雇用労働者の意向を十分に考慮せず一方的に短時間・有期雇用労働者の待遇を決定した場合には、当該事実も短時間・有期雇用労働法第8条におけるその他の事情に含まれ、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間の待遇の相違が不合 理と認められることを基礎付ける事情として考慮されうる。」(以上、原文のママ)
3 定年後再雇用労働者である有期雇用労働者の取扱い拡充・「正社員人材確保論」への言及
定年後再雇用労働者である有期雇用労働者の取扱い拡充
定年後再雇用者である有期雇用労働者の取扱いについて、現行ガイドラインでも、基本給の項目の「注2」として記載があり、定年後再雇用である有期雇用労働者についても、パートタイム・有期雇用労働法第8条(均等待遇)は適用されるとされています。
また、定年後再雇用者である有期雇用労働者であることは、定年まで正社員として処遇され、定年後は既に高額の退職金を貰っているとか年金支給があるなどのことから、不合理性の判断にあたっては、前述の「その他の事情」として考慮される事情に当たりうるとされています(前述「長澤運輸事件」の判旨)。
今回の見直し後ガイドラインでは、基本的な内容(取扱い)に大きな変更はありませんが、基本給の項目の「注2」から移設され、不合理判断の対象については、賃金に限らず待遇全般に関する内容であることが明記され、個々の待遇ごとに当該待遇の性質、目的に照らして適切と認められる様々な事情を総合的に考慮して判断されるべき旨が明記され、拡充が図られています。
前述の「見直し後ガイドラインの基本的な考え方の明確化・拡充」と同様の趣旨であり、定年後再雇用労働者である有期雇用労働者についても、同じように考えるというものです。
なお、定年後再雇用労働者である有期雇用労働者(嘱託職員)の均等待遇(改正前労働契約法第20条)違反(不合理性)を巡って争われた参考になる裁判例として、名古屋自動車学校事件(最一小判令和5年7月20日労判1292号5頁)があります。
この事件では正職員定年退職時と当該嘱託職員時でその職務内容及び配置の変更の範囲には相違がなかったにもかかわらず、当該嘱託職員時の基本給及び賞与(嘱託後は、嘱託一時金と呼称)を正職員退職時・前のそれと約6割減した事案です。原審(地裁・高裁)は、正職員定年退職時・前の基本金及び賞与の60%を下回る限度で不合理性を認定し、不法行為に基づく損害賠償を認めました。
しかし、最高裁の判断は、次のようなになりました。
まず、基本的な考え方として、東京メトロコマース事件(最三小判令和2年10月31日労判1229号90頁)を引用、踏襲し、有期労働契約を締結している労働者と無期労働契約を締結している労働者との基本給・賞与に不合理となり得る場合があること、その基本給・賞与の相違が不合理と認められるか否かの判断に当たっては、使用者における基本給及び賞与の性質、これらを支給することとした目的を踏まえて、改正前労働契約法第20条所定の諸事情を考慮して、不合理となるか否かを検討すべきとしました。
各待遇(基本給・賞与)の当該性質や目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部を不合理とした原審の判断には、改正前労働契約法第20条の解釈運用を誤った違法があると判断し、原審に差し戻し(審理のやり直し)を命じました(今後の差戻審の結果が注目されるところです。)。
この裁判例は、改正前ガイドライン後の判決ですが、定年後再雇用労働者である有期雇用労働者も通常の短時間・有期有期雇用労働者と同じ枠組みで考える、という建付けになっているので、見直し後ガイドラインの文脈と一致するところがあります。また、基本給だけではなく、その他の待遇(賞与等)についても不合理はあり得るとし、不合理か否かについては、個々の待遇ごとにその性質、目的に照らして適切と認められる様々な事情を総合的に考慮し、判断していくということなので、見直し後ガイドラインの文脈と一致しています。
定年後再雇用労働者についても、当該労働者自身の退職前後の比較ではなく、有期・短時間雇用労働者として、正社員の待遇(その性質、目的)と比較、定年後再雇用であることはその他の事情として考慮するということです。
なお、改正前・見直し後ガイドラインでは共に、定年後再雇用労働者であることをもって、直ちに正社員の待遇との相違が不合理ではないと認められるものではないとしています。実務上の対応としては、定年後再雇用労働者である有期雇用労働者への待遇については、その性質、支給の目的(どのような趣旨で、どのような基準で設計したかなど)をきちんと説明できるよう、整理しておく必要があると思料します。
正社員人材確保論とは
次に、私個人の中では、今回の見直し後ガイドラインの中では、注目に値する重要な内容と考えている「正社員人材確保論」への言及です。これについては、先ず、「正社員人材確保論」とはどういうものなのか、簡単に触れたいと思います。
正社員と非正規社員(アルバイト・契約社員)との間で相違があった賞与又は退職金の支給、不支給について、2つの裁判で、改正前労働契約法第20条に規定する不合理となるか否かが、争われました。前述の東京メトロコマース事件(最三小判令和2年10月31日労判1229号90頁)と学校法人大阪医科薬科大学事件(最三小判令和2年10月13日労判1229号77頁)です。
事件の詳細及び審理経過は省略させていただきますが、結論から言うと、これらの裁判では、原審である控訴審、東京メトロコマース事件(東京高判平成31年2月20日労判1198号5頁)及び学校法人大阪医科薬科大学事件(大阪高判平成31年2月15日労判1199号5頁)では、賞与又は退職金の不支給の一部について、不合理との判断がされたのに対し、最高裁では、不合理ではないと判断されました。この二つの事件の最高裁において、不合理ではないとされた根拠とされたのが「正社員人材確保論」です。
この「正社員人材確保論」、判決では「正社員として職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的」と表現されています。つまり、賞与や退職金は、当該目的のために行う待遇として整理されました。
もう少し、噛み砕いて説明すると、この二つの事件では、正社員は、経験や勤続年数により、賃金等が上がっていく職能給制度が適用され、また、その賃金上昇等に応じた職務内容(職務遂行能力や責任)が求められ、人事制度として配置転換等も予定され(異動範囲)、これらを通じ長期的な人材育成・確保が図られており、賞与や退職金はそのような職能給制度による賃金が算定基礎として計算されていることが前提として、考慮されました。つまり、このような「人事制度や職能給制度が適用される前提」で事業主との雇用関係に入っているが、正社員と非正規職員(アルバイト、契約社員)との間ではその職務内容や異動範囲には一定の相違があり、事業主との雇用関係において、当該「人事制度や職能給制度が適用される前提」はないと判断されました。
なお、この二つの事件ですが、一般論として、正社員と非正規職員との間で、賞与又は退職金の不支給(相違)が不合理となる場合があり得るとし、個別の事案における判断であったということは、共通しているところです(「正社員人材確保論」以外に、非正規職員から正社員への登用制度があったのも、二つの事件の共通項です。)。
見直し後ガイドラインにおける「正社員人材確保論」への言及
見直し後ガイドラインでは、「通常の労働者と短時間・有期雇用労働者との間に基本給、賞与、各種 手当等の待遇に相違がある場合において、その要因として当該待遇を行う目的に『通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る』等の目的があったとしても、当該待遇の相違が不合理と認められるか否かは、通常の労働者と短時間・有期雇用労働者の職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の他の性質及び当該待遇を行う他の目的にも照らして適切と認められるものの客観的及び具体的な実態に照らして判断されるものであり、『通常の労働者としての職務を遂行しうる人材の確保及びその定着を図る』 等の目的があることのみをもって直ちに当該待遇の相違が不合理ではないと当然に認められるものではない。」(原文のママ、マーカー部分は筆者が追記)とされました。
趣旨は、文言のとおりで、前記の「一般論として、正社員と非正規職員との間で、賞与又は退職金の不支給(相違)が不合理となる場合があり得る」とした判旨と文脈は通じるものとなっています。
いわゆる「立証責任」と労働者に対する待遇に関する説明義務の改善
立証責任の転換
「立証責任」(証明責任)とは、裁判で争点となる事実が真偽不明(証拠を見ても事実か不明)な場合、その不利益を被る(=主張が認められない)当事者が、事実を証明しなければならない責任のことです。現行だと、待遇の不合理を争う場合は、不利益を被る短時間・有期雇用労働者側が「立証責任」を負うことになります。
今回の見直しでは、法的枠組みの変更の是非等(立証責任の転換)について議論が行われたました。最近の例だと、2026年(令和8年)12月1日に施行される改正公益通報者保護法において、公益通報をした日(または企業が知った日)から1年以内の解雇や懲戒は、通報を理由とする不利益取扱いと推定され、これまで労働者が負っていた「通報が原因」の立証責任が事業者に転換されます。 このため、会社側は、不利益処分が「通報とは無関係(正当な理由)」であることを立証する必要が生じます。結局、労使双方の意見が一致するには至らず、今回は見送りとなる方向で話が進んでいます。
この辺りは、確かに、使用者に比べて保有する情報量が少ない短時間・有期雇用労働者側の負担等を考慮しなければいけないという事情は、わかりますが、一旦、立証責任を転換すると訴訟の乱発など企業側に想定以上の負担や労力を負わせることになり、企業経営の自律を考えた場合、難しいかなと思料します。
労働者に対する待遇に関する説明義務の改善
前記の「法的枠組みの変更の是非等(立証責任の転換)」についての議論の中では、「使用者代表委員からは、(中略)企業では現行法の理解がようやく定着し、待遇改善の途上にある。今後も現行法の枠組みを土台として、労使コミュニケーションを通じた待遇改善や雇用慣行の見直しを進めるべきとの意見があった。」(報告案P5)との提言がされています。
今回の見直しでは、この点につき、待遇の相違や理由に関する説明義務については、短時間・有期雇用労働者からの求めが少ないという実態を踏まえ、短時間・有期雇用労働者を雇い入れする際の労働条件明示事項に「待遇差の内容や理由に関する説明を求めることができる」旨を追記される予定になっています(省令改正事項)。
また、報告案では、事業主等が、パートタイム・有期雇用労働者等からパートタイム・有期雇用労働法第 14 条第2項等の規定による説明の求めがない場合であっても、労働契約の更新時等に、パートタイム・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容やそれを容易に理解できる内容の資料を交付することや、説明を求めることができることを周知するといった対応を行うこと望ましいことを指針等で示すことが適切とされているほか、待遇の相違の内容及び理由等の説明の方法についても、言及しています。
(参考) 「雇用形態又は就業形態にかかわらない公正な待遇の確保に向けた取組の強化について(報告)(案)」
(リンク元:労働政策審議会職業安定分科会 雇用環境・均等分科会 同一労働同一賃金部会(第 29 回)令和7年 12 月 25 日 厚生労働省)
人件費高騰、最低賃金の更なる引上げ、均等待遇考慮によるコスト上昇、中小企業はどう考える?
先月27日に、経団連の筒井義信会長と連合の芳野友子会長が東京都内で2026年春闘を巡って会談し、労使交渉が事実上スタートしました。また、(一財)労務行政研究所が今月4日発表した2026年の賃上げ見通し(東証プライム上場クラス、定期昇給込み)は、「全回答者515人の平均で1万5,809円・4.69%(定期昇給分を含む)と25年実績(1万8,629円・5.52%)に比べて2,820円・0.83ポイント下回るものの、高水準を維持する見通し」とされています。
厚生労働省が今月9日に公表した2025年12月の「毎月勤労統計調査」結果速報と「毎月勤労統計調査」の2025年分結果速報によると、実質賃金は、12月は12カ月連続のマイナス、また年単位では4年連続のマイナスとなっており、このようなことを背景に、昨年度と同等又はそれ以上の賃上げが実現されるか不透明ですが、賃上げ上昇圧力は依然として強い状況が続くものと思われます。
また、これに加え、最低賃金の引上げの動向も気になるところです。2025年度の地域別最低賃金は、「目安額」から3円上積みされ、全国加重平均で1,121円。2024年度を上回る引上げで上昇率は、6.3%となりました。衆議院解散前の参議院予算委員会において、高市内閣総理大臣は、「2020年代に最低賃金全国平均1,500円」という目標に対し、中小企業の負担増加を懸念し、達成時期の明言を避ける(事実上の撤回)姿勢を示していますが、人手不足を要因とした最低賃金上昇の傾向(引上げ合戦など)は、依然として続くものと思われます。
一方、人手不足を原因とした倒産動向ですが、帝国データバンクが今月9日に公表した「倒産集計 2026年 1月報」によると「2025年4月-2026年1月の累計は355件となり、10カ月累計ですでに2024年度(350件)を上回り、過去最多を更新した。」としています。
賃金や最低賃金の過度な引上げは、設備投資等に資金が回らないなど生産性の問題も生じ、最終的には、資金繰りの悪化に繋がっているのだと思います。同「倒産集計 2026年 1月報」によれば、「全国信用保証協会連合会のデータによると、2025年(1-12月)の代位弁済件数(全国ベース)は4万8065件となった。2024年(4万8270件)から微減(0.4%減)したものの、関係者は『物価高や人手不足などの経営課題を抱え厳しい状況に置かれている中小企業は数多く、予断を許さない状況と認識している』と話す。」との記載もありました。
このようなことを踏まえ、極論すると、中小・零細企業は、意図しない賃上げ等を行い資金繰りに苦慮し、最悪のケースでは倒産に、または、人手不足(求人難、従業員の退職など)による機会損失の結果、収益が悪化し、最悪のケースで倒産に、行くも戻るも良くない状況に遭遇する可能性が高くなると思います。現に、一部では「倒産リスクの高い『倒産予備軍』は2024年度に約1万3500社に達した」(日本経済新聞2025年(令和7年)11月13日付朝刊)との報道もあります。
今回の記事にあげた同一労働同一賃金ガイドラインですが、短時間・有期雇用労働者の割合が多い、中小・零細企業への影響度は高いと思われます。働き方改革関連法の検討が詰めに入った平成29年、平成30年でも人手不足の問題は既に起こっていましたが、当時の賃上げ上昇率は2%台に止まっていました。
ベースとなる賃上げ、底上げとも言える最低賃金の引上げと同一労働同一賃金。同一労働同一賃金の趣旨は、ベクトルとしては正しい方向に向かっているかとは思うのですが、現状の中小・零細企業を取り巻く諸状況(人手不足、物価高、円安、金利上昇等)は厳しく、”無い袖は振れぬ”、企業存続のための現実的な対応が迫られる必要が生じるかと思います。
IT化やAI活用など代替手段に変えるなどの自助努力も必要ですし、現状を維持するならば、基本給、賞与、退職金、各種手当その他の全ての待遇について、正社員と短時間・有期雇用労働者との間に相違があるようなら。その差異が生じている理由について、きちんと整理をしておく必要があるかと思います。
そして、最終的には、正社員、短時間・有期雇用労働者双方にその理由について、納得感を得られることを主眼として、事業主との労働者側とのコミュニケーションを綿密に図ることが、肝要だと思います。
