物価高と同一労働同一賃金の課題(「事業継続」と「法遵守」を両立する戦略的視点)

(Google Geminiにより生成)

 令和8年10月1日施行予定の同一労働同一賃金ガイドラインの見直し(案)(以下、単に「ガイドライン」)及び雇い入れ時の労働条件明示事項の追加について、本ブログで下記のとおり、2回に分け整理させていただきました。
 〇同一労働同一賃金の施行5年後見直しに向けた報告書案を提示(その1)
 〇同一労働同一賃金の施行5年後見直しに向けた報告書案を提示(その2)
 今回の記事は、これらを踏まえ、企業、特に、零細中小企業を念頭に、どのように向き合うべきか、自説を書かせていただこうかと思います。

目次

ガイドラインを踏まえた人事戦略の再構築の意義

 今回のガイドラインの見直し案は、雇用形態や就業形態の選択に関わらず、公正な待遇を確保することを主眼としています。その核心は、平成30年の法改正によって明確化された「均等・均衡待遇規定」の実効性を、最新の最高裁判例法理を反映させることでさらに高めることにあります。
 戦略的観点から言えば、本見直しは「属性(正社員か否か)」に基づく旧来の賃金体系に終止符を打ち、「職務の価値」や「貢献」に基づくジョブ型・役割給型への移行を促す強力なメッセージとも捉えることが出来ます。

 また、今回のガイドラインの見直し案の内容は、「正社員の人材確保・定着」という目的(いわゆる正社員人材確保論)のみで待遇差を正当化することはできないことを打ち出すなど、企業に対して単なる法令遵守(コンプライアンス)以上の対応を迫っています。政府が掲げる「『非正規』という言葉の一掃」は、単なるスローガンから法的拘束力はありませんが、実質的にそれに近いガイドラインによって企業の賃金原資配分の再設計を迫る実務的な要請へと昇華されています。

 これを踏まえ、経営層が認識すべきは、この対応を「法的リスク回避のコスト」と捉えるか、あるいは「持続的成長のための人事基盤の再定義」と捉えるかという点です。
 大事な点は、公正な待遇確保は、労働者の納得感を高め、職業能力の開発・向上への意欲を喚起します。これが組織全体のスキル蓄積と生産性向上に直結し、結果として企業の競争力を高めるという「攻めの人事戦略」への転換こそが、今求められている、人事戦略の再構築の意義だと考えます。

外部環境による「原資の枯渇」という現実

 一方、元々、ウクライナへのロシア侵攻、円安等による原材料高、燃料費等エネルギー資源高ほか物価が高騰、また、慢性的な人手不足による人件費の高騰という、零細・中小企業を取り巻く外部環境は、厳しい状況が続いています。

 そして、今回、さらに、アメリカ・イスラエル軍によるイラン攻撃を発端としたホルムズ海峡の封鎖という地政学リスクに端を発する原油高・物価高は、日本の、特にリソースの限られた中小零細企業にとって「事業継続」と「法令遵守(同一労働同一賃金)」の板挟みを生む極めて深刻な課題、追い打ちをかける事態となっています。

 事態の先行きが不透明の中、今後、さらなる原材料(化学製品、プラスチックなど)・物流費などあらゆるコストの急騰が懸念されるほか、ようやく、改善の兆候が見られてきた零細・中小企業の大手企業等との交渉による価格転嫁ですが、今回の事態により、コスト増を100%転嫁できず、利益(人件費の原資)が圧縮していく可能性もあります。

 この状況下で「同一労働同一賃金」への対応(非正規雇用の待遇改善)を強行すれば、ただでさえ、最近の防衛的賃上げで体力が落ちている零細・中小企業では、キャッシュフローが底をつき、倒産のリスクが高まるという懸念は非常に高くなると思います。

同一労働同一賃金の趣旨

考え方の2つの柱

 パートタイム・有期雇用労働法(第8条・第9条)による不合理な待遇差を禁止(不合理な待遇の禁止、差別的取扱いを禁止)は、「不合理な待遇差の解消」であり、盲目的に全員の賃金を一律に引き上げることだけを指すわけではありません。
 したがって、法の趣旨を踏まえた「不合理な待遇差の解消」の判断要素として非常に重要になる視点が、「不合理の判断要素」(職務内容、責任の重さ、異動の範囲などが同じであれば、基本給や手当、賞与に差をつけることは許されないこと。)と「説明義務」(労働者から「なぜ差があるのか」と問われた際、会社は客観的な理由を説明する義務があること。) です。

正社員人材確保論の限界

 「将来の役割期待論」の限界: 「正社員は将来の役割が異なるから」といった曖昧な理由での待遇差は通用しなくなる可能性があります。客観的及び具体的な実態に照らした説明が不可欠です。

「正社員人材確保論」の制限: 「通常の労働者の確保・定着のため」という目的のみをもって、直ちに待遇差が不合理ではないと認められるものではないことがガイドラインの見直し(案)に明記されました。

 このように、待遇相違の是非を判断する基準は、主観的な「将来への期待値」から、客観的な「職務実態」と「変更範囲」へとシフトする方向に進んでいます。また、この待遇相違の是非については、経営サイドが一方的に決めるのではなく、経営サイドの「説明義務」や「労働者の意向反映」とセットになっている立体的構造となっているのが特徴です。

 以上のことから、「優秀な正社員を確保・定着させるため」という主張(正社員人材確保論)は、もはやそれ単体では待遇差の免罪符になりません。ガイドラインは、この目的があることのみを理由に「不合理ではない」と断定することを明確に否定しています。個々の手当や賃金の「性質・目的」に照らし、その目的を達成するために「なぜ非正規労働者を排除・低減する必要があるのか」を客観的・具体的に証明できない限り、法的リスクを抱える危険性は極めて高いと考えます。

「事業継続」と「法遵守」を両立する戦略的視点零細中小企業の落としどころ

零細中小企業の落としどころ

 原油高・原材料高で原資が枯渇している零細中小企業にとって、「正社員の確保・定着」という目的論の否定は非常に厳しいものですが、「事業が潰れてしまっては元も子もない」というのも経営の真理です。一方で、法違反(特に賃金未払い等に発展する場合)は損害賠償や社会的信用の失墜を招き、レピュテーションリスクを抱え、結局は事業継続を危うくします。
 では、法的に「詰み」かというと、そうではではありません。そのため、以下の優先順位での対応が現実的と考えられます。

「不合理な差」の精査と是正(コスト最小化)

 全ての賃金を上げるのではなく、まずは、「通勤手当」「慶弔休暇」「食堂の利用」など、職務内容に関わらず差をつけるべきではない福利厚生から是正します。これらは比較的低コストで法適合性を高められるかと思います。

「確保・定着」を「職務の範囲」に具体化する(職務分離の明確化)

 インパクトの大きい基本給、賞与、退職金については、「確保のため」という主観的な目的ではなく、「客観的な職務の違い」に落とし込む必要があります。ガイドラインが否定しているのは「名前だけの正社員優遇」です。そのためには、正社員と非正規の「役割の違い」を明確に言語化する(責任の重さ、トラブル対応の有無など)する必要があると思います。「なんとなく正社員を高くする」という慣習を捨てることです。

 そのためには、「正社員にしかさせていない苦労(責任)」を書き出し、それを雇用契約上の「義務」として固定する
 具体的には、就業規則や雇用契約書で、正社員にのみ課されている「広範な責任」を明文化することです。
 例: 「正社員は欠員時のバックアップ、クレーム対応の最終責任、緊急時の休日出勤、将来的な多能工化(配置転換)を拒めない」という条項を明記する。
 賃金格差は「確保のため」ではなく、この「予見しがたい負担(リスク)への対価」又は「将来の経営を担う人材への教育訓練・責任負担の対価」という言葉に置き換えて、再定義し直すことです。

労使コミュニケーションの徹底

 まずは、物価高による経営難という事実を数字で開示し、労働者と現状を共有することです。裁判例でも、企業の経営状況は待遇決定の考慮要素となり得ますが、誠実な説明が欠かせません。法的には「お金がないから払わない」は通用しません。「賃金原資をどう配分したか」のプロセスを丁寧、かつ、誠実に説明することです。

 また、賃金決定にあたり、短時間・有期雇用労働者の意見を聴取する場を設ける。誠実な説明と合意形成のプロセスがある場合、直ちに「不合理」と断罪されるリスクを軽減できる可能性があります。

 また、経営状態と先の見通しにもよりますが、原材料高による利益圧迫のデータを提示し、「現在は賞与の満額支給は困難だが、福利厚生(休暇や手当)から優先的に是正し、○年かけて基本給の格差を是正する計画である」といったような是正の意思とロードマップを労働者に説明するなど「激変緩和措置」としての正当性を確保し、「賃金原資の配分の差異」について労働者に納得してもらうなどの手法も有効かもしれません。

 なお、労働者への説明状況(労使交渉)との経緯は、必ず、記録に残しておくことが肝要です。

結論としての見解  

 今回は、「事業継続」という観点から、ガイドラインとどのような考え方で向き合うか、記述させていただきました。

 前記に記したように、ただでさえ、人件費の高騰で防衛的賃上げを余儀なくされていることに加え、今回の原油高による更なる原材料等の物価急騰です。「事業継続」と「法令遵守(同一労働同一賃金)」の板挟みの中で、どうしたらいいか?

 自社の社員の中に占める短時間・有期雇用労働者の割合にもよりますが、「法令遵守(同一労働同一賃金)」にウイエトを置くのか、「法遵守を諦めて事業を継続する」ことを優先するのか、迷うところです。

 しかし、この二択ではなく、まずは、「法(ガイドライン)に触れない形(説明可能な体制)に整理し直して、生き残る」というスタンスが、最もリスクを抑えられる道だと言えます。この辺りは、次回の記事にて記しますが、インパクトの大きい基本給、賞与、退職金については、その支給目的となぜ支給するのか?何に対する対価なのか?といった性質を明らかにすること、そして、インパクトの小さい各種手当及び福利厚生についても同様にその支給目的・性質、待遇の目的・性質を切り分け、このインパクトの小さい部分から、正社員との「同一化」を図っていくことが、会社には負担が少なくて済む現実的な対応だと思料します。

 なお、鹿児島県奄美市が全額出資する市開発公社で、有期雇用だった男性が、無期雇用の職員に支給される通勤手当や賞与を受け取れなかったのは、不合理な労働条件の格差に当たるとして、公社に損害賠償を求めた訴訟で、鹿児島地裁名瀬支部は3月31日、約590万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
 判決理由では「雇用期間が有期か無期かによって通勤による費用は変わらず、通勤手当の金額が異なるのは不合理とした。」等と判断されたとのことです(ニュースソースは、共同通信社)。

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