基礎年金底上げについて

(photo by AC)

 今回は、このブログで、私の現職の仕事と近い内容の記事を初めて書きます。なお、念のためですが、記事の内容は、社会保険労務士としての私個人の見解であり、私が属する組織の見解ではありません。

目次

基礎年金底上げを巡っての論点

基礎年金底上げ案に関する現状

 私は、政治のことに関しては、寡聞にして知らない。ただ、今年で82歳になった私の母は、年金は基礎年金のみで、しかも満額ではありません。なので、優雅な老後を送ることは到底、無理です。私も仕送りをしていますが、贅沢なことは中々してやれず、日々、申し訳ないと思っています。なので、基礎年金の相対的価値(所得代替率)が下がることについては、他人事には思えません(尤も、昨年の財政検証における経済前提が過去30年投影ケースにおいて、基礎年金のマクロ経済スライドの調整が終了し、所得代替率が2024年度の36.2%から25.5%に下がると推計されている2057年度には、母は存命はしていないと思いますが)。

 さて、今月16日(金)に、次期年金改革法である「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案」が第217回通常国会に提出されました。既に、新聞等で報じられているとおり、夏の参院選での争点化を懸念する声が自民参院を中心に根強く、意見集約が停滞し、提出が大幅に遅れました。また、改革法の一丁目一番地であった「基礎年金(国民年金)の底上げ案」は、法案提出段階では、法案から削除されました。厚生年金の積立金を底上げに活用することを「流用だ」とする自民の一部の指摘に配慮したとのことです。

 しかし、法案提出後、立憲民主党から、政府が見送った基礎年金(国民年金)底上げの将来的な実施を法案に明記するよう修正要求、自民党は、立憲民主党の修正要求を受け入れる方針で調整が進められました。
 修正案の詳細は明らかにされていませんが、次期財政検証の結果を踏まえ、マクロ経済スライド調整終了時期の一致の措置を実施するかどうかの判断を行うという、元々の政府案(厚生労働省案)に近いものになるそうです。

 なお、法案は、5月31日に衆議院で可決、参議院に送られています。

基礎年金制度と厚生年金保険制度(被用者年金保険制度)

基礎年金制度は厚生年金制度とは別制度?

 結論から言うと、別制度ではありません。昭和60年の年金法の大改正で、自営業者や無業者、学生などを第1号被保険者、会社員や公務員などを第2号被保険者、そして会社員らの配偶者(第2号被保険者の被扶養配偶者)を第3号被保険者と整理し、全国民共通の年金制度として基礎年金が、被用者年金保険制度(厚生年金制度や当時の共済組合制度)は、基礎年金制度をベースに、所得比例分の年金として、その上に乗かっている制度として、統合、再整理されました。
 細かい話になりますが、厚生年金保険法及び当時の共済組合法等の被保険者又は組合員としての受給資格又は年金計算の基礎となる被保険者期間及び組合員期間の定義(意味付け)は、国民年金法の被保険者期間である保険料納付済期間と同義(同じ)とされています。また、年金額には反映されませんが、保険料納付済期間が国民年金法に定める要件(条件)に満たない場合を補充する合算対象期間(いわゆるカラ期間)と言われるものも国民年金法に規定されているものと定義(意味づけ)しています。
 このように、受給権発生要件や年金額算定の重要な基礎数値(保険に加入していた長さ等)は、国民年金法によるものと、定義(意味付け)されていることなど、全く、別制度とは言えない設計になっていると思います(下記参照)。
  

(用語の定義)
第三条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 保険料納付済期間 国民年金法第五条第一項に規定する保険料納付済期間をいう。
二 保険料免除期間 国民年金法第五条第二項に規定する保険料免除期間をいう。

(老齢厚生年金の支給要件等の特例)
第十四条 被保険者期間を有する者のうち、その者の保険料納付済期間、保険料免除期間及び国民年金法附則第九条第一項に規定する合算対象期間(以下この条において「合算対象期間」という。)を合算した期間が十年以上である者は、第四十二条並びに附則第七条の三第一項、第八条、第十三条の四第一項、第二十八条の三第一項及び第二十九条第一項の規定の適用については、第四十二条第二号に該当するものとみなし、被保険者期間を有する者のうち、その者の保険料納付済期間、保険料免除期間及び合算対象期間を合算した期間が二十五年以上である者は、第五十八条第一項(第四号に限る。)及び附則第二十八条の四第一項の規定の適用については、保険料納付済期間と保険料免除期間とを合算した期間が二十五年以上であるものとみなす。

基礎年金制度

 基礎年金制度は、前記のとおり、昭和60年の年金法の大改正で導入された制度です。それまで、分立していた国民年金制度と被用者年金保険制度(厚生年金保険や共済組合法)などの公的年金制度について、“最低共通部分”を設け、一本化・統合化し、厚生・共済年金を上乗せ(2階)に再整理されたものです。いわば、国民共通の年金制度です。

 財政運営は、基本的には賦課方式を採用しています。賦課方式とは、その1年間に必要な基礎年金総額をその1年間で収入する保険料で賄うことです。平たく言うと、”1ケ月のお小遣いの範囲でその1ケ月に必要な支出をする”ということです。
 なので、この場合、貯金を貯めるという概念は、基本的には発生しません。
 年金制度に即して、言い換えると、高齢者世代の年金給付をその時点の現役世代が負担した財源で賄う仕組みです。

 具体的に記すと、1年間に必要な基礎年金給付費総額(注1)から特別国庫負担(注2)を控除し(これを保険料・拠出金算定対象額と言います。)、当該保険料・拠出金算定対象額を、国庫負担で1/2(制度発足当時は、1/3)、国民年金法上の第1号被保険者(自営業者等)、第2号被保険者(20歳以上60歳未満のサラリーマン、公務員等)、第3号被保険者(第2号被保険者の被扶養配偶者)の総数(これを基礎年金拠出金算定対象者と言います。)で按分(いわゆる頭割り)し、国民年金勘定、厚生年金勘定及び共済組合から基礎年金拠出金として、基礎年金給付費の財布である基礎年金勘定にプールされ、そこから、受給者に年金の給付が行われます。
(注1)昭和60年改正前の旧法国民年金、厚生年金及び共済年金に基づき裁定された年金給付のうち、基礎年金に相当する部分等、基礎年金とみなされる給付(みなし基礎年金)に要する費用(いわゆる”定額部分”と言われるもの)も含んでいます。 このみなし基礎年金は、実際には、受給者には厚生年金の名称で報酬比例部分と一体のものとして支給されています。また、みなし基礎年金の給付に要する費用については、基礎年金勘定から実際の支給を行っている厚生年金勘定や共済組合等に対し、基礎年金交付金として、還流されています。
(注2)保険料全額免除期間に係る給付費、保険料が一部(3/4、半額、1/4)免除された期間に係る給付費の一部、20歳前障害に係る障害基礎年金など、国庫がその全額又は一部を負担する額など。また、この他老齢福祉年金の給付費の全額など、保険原理に基づかない給付を行っているため、”国民年金保険法”ではなく、”国民年金法”という名称になっています。

 ところで、基礎年金拠出金算定対象者 1 人当り保険料・拠出金算定対象額を基礎年金拠出金単価といい、さらに、一月分に換算したものを”拠出金単価”と言います。
 「令和5年度 財政状況―国民年金・基礎年金制度―」(厚生労働省、第102回社会保障審議会年金数理部会)によれば、拠出金単価は37,697円(令和5年度)、保険料換算した保険料相当額(月額 )は、18,849円(令和5年度)とされています。
 令和7年度の国民年金保険料は17,510円ですが、令和5年度は16,520円です。前記保険料相当額(月額)に対し、2,329円足りない勘定になります。
 上記厚生労働者資料によれば、令和5年度における拠出金算定対象者の総数は、54,393千人となっているので、これに、前記の足りない額(2,329円)を乗じると、年間で約1兆5,202億円足りないことになります。あくまでも、資料に基づく概算なので、正確な金額とは言えませんが、何を言いたかったというと、1年間に必要な基礎年金給付費について、保険料だけでは賄えていないということです。これは、現役の保険料収入だけでは、現在、受給中の年金額を賄えていなく、高齢化と少子化現象による影響そのものと言えると思います。

 では、足りない分をどうしているかというと、積立金とそれを原資とした運用収入により、カバーしています。
 ところで、前記で記したとおり、基礎年金給付費を行う財布(=基礎年金勘定)は、基本的に賦課方式のため、貯金、すなわち、積立金はありません。そのため、実際は、それぞれの国民年金勘定、厚生年金勘定、共済組合の積立金により、カバーされています。

 以上のように、基礎年金制度については、原則、賦課方式としながらも、実際は、基礎年金拠出金を拠出する元の国民年金勘定、厚生年金勘定、共済組合の積立金を活用するという”修正積立方式”を採用していると言えます。このことは、2004 年の制度改正において 、「概ね 100 年間で財政均衡を図る方式とし、財政均衡期間の終了時に給付費 1 年分程度の積立金を保有することとして、積立金を活用し後世代の給付に充てること」とされたことからも理解できると思います。

 また、各被保険者が負担する保険料ですが、第1号被保険者は被保険者が直接、国民年金勘定に納付しており、第2号被保険者と第3号被保険者については、サラリーマン、公務員等が給料から引かれる厚生年金保険料の中に含まれる形で徴収されています。言い換えると、サラリーマン等は、2階建て部分の報酬比例年金の保険料とともに、国民年金保険料(第2号+第3号分)を併せて、給料から引かれているということです。

 この給料から引かれる保険料については、保険料率について、前記の2004年の法改正において、保険料水準固定方式が導入され、 2017年9 月に18.3%まで引き上げられ、以後、定率となっています。保険料収入に上限を設け、足りない部分は積立金を活用しつつ、高齢化の進展や経済状態を勘案し、年金給付水準を抑制するというバランスを100年間単位で保っていくいう仕組み(これを5年に度一度見直し・点検)が導入されたのが、2004年の法改正の大要です。

 なお、何らかの理由により基礎年金の水準が低下し、基礎年金勘定(いわゆる1階部分)への基礎年金拠出金が減った場合、保険料率は一定のため、拠出しなかった分は、厚生年金勘定や各共済組合にプールされることになります。

 以上のように、基礎年金制度は、原則、賦課方式により世代・制度間で相互扶助しながら運営されつつ、近年においては、各制度の財政状況に応じ、保険料で賄えない部分については、積立金等を活用するという、間接的には、修正積立方式に移行しているのが現状です。

基礎年金底上げについて(マクロ経済スライド調整終了年度の一致)

基礎年金底上げとは?

 基礎年金底上げとは、昨年の夏に公表された財政検証において、基礎年金のマクロ経済スライド調整期間が大幅に長期化し、2024 年財政検証の過去30 年投影ケース(過去30年間の日本経済の状況と同じ、大幅な経済成長がない状況の見込み)では、現行のままでは報酬比例部分の調整はあと2年(2026年)で終了するのに対して、基礎年金の調整期間は33 年(2057年まで)続き、基礎年金の(相対的な)水準(絶対額ではありません。現役会社員等の給料に対する比率、いわゆる所得代替率です。)が低下し(約3割低下)、モデル年金における基礎年金(2 人分)と報酬比例部分の比率が、現在は6 対4 で、基礎年金が6 割であるのに対し、2057年には、これが5 対5 となり、厚生年金の所得再分配機能が低下する問題が生じることが見込まれたことから、厚生年金と基礎年金のマクロ経済スライドの調整終了時期を一致させることを目的とするものです。

調整終了年度が一致しなくなった主な要因

 2004 年の財政再計算では、マクロ経済スライド調整は、基礎年金も報酬比例部分も2023年で、同時に終了する見込みでした。それでは、何故、基礎年金だけが大幅に長期化した主な要因は、次のとおりと言われています。

  • 調整期間の決定手順が2段階方式だったこと
    まず、財政状態が悪い、国民年金財政だけで基礎年金の終了年度を決め、次に厚生年金財政を見て報酬比例部分の終了年度を決めていたこと。これは、財政状態が悪い国民年金制度だけで終了年度を決めてしまう場合の前提となる基礎年金給付金総額が低くなるため、結果として、前記の保険料・拠出金算定対象額が低くなることから、厚生年金の負担分である基礎年金拠出金も少なくなります(持ち出し分が減る)。
     これは、厚生年金の財政状況にプラスになることから、報酬比例部分の方が早く終了する見込みとなります。
  • 2000 年代のデフレ期(実質賃金マイナス局面)下における年金額算定式の差異によるもの
    報酬比例部分は、年金額の算定の基礎となる給料(標準報酬月額等)も下がっていたので、年金額も低下し、先取りで給付見込みが下がりましたが、基礎年金については、年金額改定ルールの特例で、賃金スライドさせるべきところ、下げ幅を物価スライドに留めたり、据え置きとしたことから、年金額が十分に下がらなかった(2021年度からは、この特例は見直し)。
     一方、それに対して、給料が下がっているので、保険料収入も低下しました(厚生年金は保険料率は一定ですが、元の報酬月額が低下、国年は、賃金スライドにより改定)。
     このため、国民年金制度では、保険料収入が減ったのに、それに見合う給付額の抑制ができず、財政悪化に繋がってしまいました。これは、前記の調整期間の決定手順が2段階方式だったことことにより、最初に、国民年金財政だけで基礎年金終了年度を決める際に、マイナスの要因となりました。
  • 被保険者の構成の変化
    女性・高齢者の就労拡大で第2号(厚生年金)加入者が想定より 1,000 万人以上増え、同時に第1号・第3号が大幅減少したこと。このため、厚生年金では、保険料収入が増収し、これが、国民年金財政と厚生年金保険財政とのギャップを拡大させる原因となり、基礎年金の終了年度を遅らせる複合的な要因となりました。
  • マクロ経済スライド発動の遅れ(名目下限措置)
    物価・賃金低迷のため 2004〜2014 年の約 10 年間スライドがほとんど作動せず、未調整分が積み残され、結果。年金財政には、マイナスの要因となりました。

調整終了年度一致のための具体的な手法

 通常国会に提出された修正法案の内容を詳しく見ていませんが、ほぼ、厚生労働省が示した年末の修正案と同じと思われます。修正された法案の概要は、一般的にいうと、改正法附則に基礎年金の底上げ策(厚生年金の積立金を原資に基礎年金の給付水準を底上げすること)を明記し、実施そのものは、2029年の年金制度に関する財政検証を踏まえて判断するというもの。
 なお、報酬比例部分のマクロ経済スライドは、2026年で終了でしたが、2030年度まで継続されるとのこと(緩和策あり)。

 厚生労働省が年末に出した修正案によるマクロ経済スライド終了年度の一致の具体的な手法は、概ね、以下のとおりです。

・マクロ経済スライド調整の終了年度の決定方法の見直し(現行の2 段階方式を1 段階方式へ見直す)
・基礎年金拠出金算定の見直し(積立金割の導入、5年ごとの財政検証で、①保険料財源比率 ②基礎年金部分比率を設定し、100年平均の「保険料:積立金」配分率を決定し、厚生年金積立金等を1階・2階に仕分)
・被用者保険の適用拡大と併走

 各手法の詳細な説明は省略させていただきますが、これらの手法により、基礎年金と報酬比例部分のマクロ経済スライドを2036年に同時終了させ、基礎年金部分の所得代替率を33.2%(何もしなかった場合の推計は25.5%)に、基礎年金と報酬比例部分の比率を現在と同じ6 対4に維持することが、最終目標になります。
(令和7年6月18日追記)
 6月13日の参議院本会議において、法案は可決・成立しました。いわゆる基礎年金の底上げについては、次期財政検証(2029年、令和11年)の結果を踏まえ、措置をするかどうかの判断を行うこととなりました(附則にて手当)。これを踏まえ、昨年の財政検証結果のオプション試算によると、調整期間の終了一致と適用拡大(企業規模要件の撤廃、5人以上の個人事業所の非適用業種の解消、賃金要件の撤廃又は最低賃金の引上げ)により、基礎年金と報酬比例部分のマクロ経済スライドの調整終了見込み年は、2037年となり、所得代替率は基礎が資33.3%、報酬比例が23.0%の計56.2%、比率は6対4を維持出来る見込みとなっています。

積立割りの是非(厚生労働省の見解)

 積立割りを肯定する根拠理論として、厚生労働省は賦課方式の場合、積立金のポータビリティーがないこと(積立金の持ち運びが出来ないこと)という積立金の性質(本質)に触れながら、以下のように説明しています(第21回社会保障審議会年金部会<2024年11月25日>資料1「基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了(マクロ経済スライドの調整期間の一致)について」(14ページ))。
〇 賦課方式の年金制度における積立金は、保険料を給付に充てて余った残余が積み立てられたもの。
○ このため、積立方式のように個人の持ち分という考え方はなく、被保険者が制度間を移動しても積立金は移動しない。
○ また、年金給付が大きくなった現在、保険料の残余はなく、現在の積立金は、過去の被保険者の保険料の残余が積み立てられ、運用により増大してきたもの。
○ したがって、厚生年金、国民年金の積立金は必ずしも今のそれぞれの制度の被保険者が積み立てたものではない。

 また、前記を補足するエビデンスとして「老齢基礎年金の算定基礎となる加入履歴」について、以下のように示しています(第21回社会保障審議会年金部会<2024年11月25日>資料1「基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了(マクロ経済スライドの調整期間の一致)について」(15ページ))。
○ 老齢基礎年金の算定基礎となる期間が、第1号被保険者期間のみである者は、65歳の受給権者の3.0%(全受給権者の場合8.1%)
○ 残りの97.0%(全受給権者の場合91.9%)は、第2号被保険者期間又は第3号被保険者期間(厚生年金の財政単位)の履歴がある者

 つまり、厚生年金、国民年金の積立金は、必ずしもそれぞれの制度の現在の被保険者が積み立てたものではないことが、積立金活用の正当性の主な理論的根拠とされています。他には、厚生年金の積立金を1階に重点活用する金額は、100 年分で53 兆円(つまり、基礎年金の給付水準があがることによる保険料・拠出金算定対象額そのものの増額による基礎年金拠出金負担増)であるのに対し、このうち、基礎年金拠出金の仕組みの見直しによって厚生年金の拠出金が増加する部分(つまり、積立割りの影響分)は、100 年間で5 兆円(残りの48兆円は人頭割による増)だけということも示されています。
※53兆円は、適用拡大②(企業規模要件の撤廃+5人以上個人事業所の非適用業種の解消+賃金要件の撤廃又は最低賃金の引き上げ(対象者200万人))及び基礎年金の給付調整の早期終了を実施した場合の試算額(第23回社会保障審議会年金部会<2024年12月10日>資料2「基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了(マクロ経済スライドの調整期間の一致)について②」(20ページ)。

実は、過去にもあった厚生年金の基礎年金相当額の補填

 前半で記した基礎年金制度のところで、保険料・拠出金算定対象額について触れさせてもらいました。そして、この保険料・拠出金算定対象額には、純粋な基礎年金給付以外に基礎年金とみなされる給付(みなし基礎年金)に要する費用も含まれていることも触れさせていただきました。

 基礎年金制度発足時は純粋な基礎年金受給者が少なく、拠出金の大半がみなし基礎年金に充当されていました。
 つまり厚生年金勘定(共済組合も含む。以下同じ。)側は、自らの定額部分と第3号被保険者分も頭割りに含めて負担しており、厚生年金勘定は過去 40 年で「みなし基礎年金・第3号分」へ 数10兆円規模の拠出がされてきたと推量します。

積立割りについて

 積立割りについて、厚生労働省の見解は若干、後出しジャンケンに近いニュアンスもありますが、前記のとおり、現在の基礎年金制度が世代・制度間で相互扶助しながら運営する賦課方式を基本としつつも、実態は修正積立方式になっていること、基礎年金制度が2階建て部分と一体的に再整理(統合・一元化)された歴史的経緯を踏まえると、基礎年金拠出金の算定に、各制度の積立金のうち基礎年金部分の比率を勘案した積立割りの考えを入れることについては、一定の合理性があると言えます。
 また、補足的にですが、過去に、厚生年金勘定等が、過去 40 年で「みなし基礎年金・第3号分」へ 多額の拠出がされてきたことに対し、積立割りによる拠出金増加分が100年間で5兆円から7兆円と推計されていることを比較した場合、相対的に影響が大きいとは言えないこも勘案すべき事項ではなかと思います。
 ただし、この厚生年金の積立金を1階と2階に分割する方法に用いる係数である「基礎年金部分比率」の算出方法については、専門家を含め、その妥当性について再度復習が必要かと思います。
 なぜなら、「基礎年金部分比率」を用いた1階部分の積立金に相当する額が、厚生労働省が積立割りの正当性を主張するエビデンスとして用いた「老齢基礎年金の算定基礎となる加入履歴」に該当する個々の方々が拠出した積立金及びその運用収入を積み上げた数値と一致するか、よくわからないからです。

年金額が減る方がいることについて

 この点については、憲法で保障されている財産権の保障とも関連してくる内容かと思いますが、厚生労働省は、2024年12月10日の社会保障審議会年金部会の資料の中で「特例水準の解消に係る最高裁判決」(令和5年12月15日 第二小法廷判決)の判決分(抄)を引用し、マクロ経済スライドによる年金額抑制の合理性を判断している部分をもって、今回の基礎年金底上げにより年金額が減少する一部の高齢者層への正当性を推定したようです。
 しかし、マクロ経済スライドの適用は、全受給者へ一律に適用されるのに対し、今回の年金額減額は一部の層だけなので、公平性という観点からは、緩和策か何らかしらの補填をする必要性があるかと思います。

国庫負担増の問題

 基礎年金底上げ実施に伴い、国庫負担が増えるとの指摘があります。各メディアは、将来的には「最大で年2.6兆円の追加国庫負担が発生する」と報道しています。また、確かに、第21回社会保障審議会年金部会<2024年11月25日>資料1「基礎年金のマクロ経済スライドによる給付調整の早期終了(マクロ経済スライドの調整期間の一致)について」P23では、2070年度(ピーク時)の追加国庫負担について、過去30年投影のケースで現行の負担額から2.6兆円プラスとされています。
 しかし、この資料をよく見ると、このピーク時の国庫負担総額の予測は、2024年度価格で11.9兆円とされています。2024年度の国庫負担額は13.5兆円です。全体の額が減るから、言いとは言えませんが、推計ではそのようになっています。
 いずれにしても、ツケを将来の世代に回すこに変わりはありませんので、 財源の問題は、避けて通れないと思います。

今後の課題

所得代替率とモデル年金の見直し

 現在は、女性の社会進出は進んでおり、女性の就業人口もかっては、M字ラインだったのが、今ではフラット化されています。このような中、今回の基礎年金の底上げの必要性の理由にもなった「所得代替率」「モデル年金」ですが、皆様ご承知のとおり、所得代替率の対象となる現役世代の手取り収入額(ボーナス込み)は男性の平均額、それに対する割合である「モデル年金」は、夫:40年間就労、妻:専業主婦の年金額となっています。

 この辺りは、女性の社会進出を加味した所得代替率を用いた方が、より、現実に近いものになり、徒に不安を駆り立てる要素も減るかと思います。

やっぱり、王道は経済成長

 今回の基礎年金底上げ議論になった経済前提の中心は、財政検証における「過去30年投影ケース」。これに対して、経済前提が「成長型経済移行・継続ケース」の場合、総じて、年金財政や給付水準は好転することから、やはり、経済政策が要だと思います。最近のトランプ政権による相互関税、地政学リスクによる物価・原材料高、為替の問題など自国の政策だけではコントロール出来ないものもあるので、人手不足対応など自国の政策で何とか出来るものについて(それでも外からの影響は受けますが)、注力をしていくべきだと思います。

 特に、今回は、就職氷河期の方々が取り上げられていますが、新聞などのメイディアで時々目に入るのが、人手不足と言われながら、この方々の就職事情が決していいとは言えないことです。例えば、人手が不足している分野について、この層の方々に一定のスキル、資格等を取得させるナショナルセンターみたいものを設立して、公の団体が中間に入り、人手が不足している分野、人手が不足している地方・地域に派遣する仕組みなど、積極的な関与が必要かと思います。

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この記事を書いた人

勤務特定社労士。左記国家資格以外に、BSA(事業承継アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、TAA(事業再生アドバイザー、一般社団法人金融検定協会認定)、事業承継・M&Aエキスパート(一般財団法人金融財政事情研究会)の認定資格を取得。現在は、上記いずれの資格とは、直接には関係のない公的年金関係の団体に従事する勤め人です。保有資格に関連する実務経験はありませんが、折角、保有している資格を活かしたく、個別労働関係紛争に関する事項、労働法務デューデリジェンス、中小企業の事業再生や事業承継M&A、経営者保証問題について、中小企業庁が公表している各種ガイドライン、M&A関連書籍等及びセミナー等を通じて、自己研鑽・研究しています。現在(令和6年)、58歳。役職定年間近の初老の職業人です。

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